抗議殺到、エバーグランデ Sep 2021
The Economist, Sep 18th 2021
China
Evergrande
抗議殺到、エバーグランデ
怒れる投資家たちが抗議することは、中国では珍しくない。インターネットの貸し金や詐欺師にだまされた人々には、ほとんど救済策がない。彼らは、重役が出てきてなだめるまで、オフィスのロビーに居座ることになる。しかし、名の知れた大企業がデモの標的になることはほとんどない。まして、国をあげての抗議活動などありえない。ところが、エバーグランデ(中国恒大集団)に対して、それが起こった。巨大不動産開発業者であるエバーグランデは最近、デフォルト(債務不履行)の危機に直面し、大騒動を引き起こしたのだ。
その借金の額はおよそ3,000億ドル(約33兆円)、不動産業界では世界最高額である。9月13日、中国南部の都市深センの本社は、金を返せと要求する投資家たちに囲まれた。似たようなシーンが、中国各地のエバーグランデ事務所で目撃されている。インターネットに出回ったあるビデオでは、エバーグランデ社員の返答を求めて、女性が拡声器で叫んでいる。ほかのビデオでは、玄関ホールに押し寄せた人々の質問に答えようとしている役員の声が、抗議者たちによってかき消されている。
2020年以来、中国政府は不動産開発業者の借り入れを制限しようとしてきた。不動産グループのいくつがデフォルトしそうだということで、借金に対する広範なキャンペーンが展開されていた。かつては大きすぎて潰せないだろうと思われていたエバーグランデも、いまやそのキャンペーンの対象だ。エバーグランデはアドバイザーを雇って金融問題を解決しようとしたが、9月14日、デフォルトするかもしれないと警告されてしまった。多くのアナリストたちは、リストラの結果としてデフォルトするのは避けられないだろうと見ている。
抗議者の多くは、現金をエバーグランデが管理する金融商品に交換しはじめている。工事を請け負っていた業者や契約者たちは、代金を払ってもらえなくなると思って中国全土で工事をストップしている。エバーグランデは、借金を減らそうとして、完了していない住宅開発を売り渡そうとしている。あるビデオでは、不満の爆発した社員たちが上司らを罵倒している(エバーグランデには10万人以上の社員がいる)。
住宅購入者はエバーグランデにすでに代金を支払っているため、最大の被害者となる恐れがある。中国の不動産市場では、住宅が完成する前に代金を払うことになっている。そうしなければ、工事をする資金がないからである。エバーグランデの借金およそ3,000億ドル(約33兆円)のうち、だいたい2,000億ドル(約22兆円)が住宅完成前に支払われた現金である、と調査会社のCapital Economicsは見積もる。その額は個人宅140万棟の価値と等しいという。
中国当局は小規模の抗議(大量の事件と彼らは言う)には慣れている。中国の1兆ユアンのP2P融資が2018年に終わりを迎えたとき、何千万もの一般市民が会社の入り口に押しかけた。約束のリターンを受け取るどころか、資金を奪われてしまったのだ。100人以上が抗議をおこなうことは珍しいが、オンライン融資の会社の拠点であった杭州市でおきた問題は相当深刻だった。地方政府は結局、被害にあった投資家たちの話を聞く会場に、2つのスタジアムをあてたのだった。
中国の習近平国家主席は、中国の持てる者と持たざる者との亀裂を狭めると宣言している。とりわけ争点となるのは高すぎる住宅価格である。住宅価格が下がるかどうかは依然不透明だが、過去20年の野放図な上昇はおさまりそうである。8月、中国の四大都市における住宅価格の上昇は、先月と比べて僅かながらに和らいだ。
ソーシャルメディアなどで拡散している、怒れる投資家や業者、従業員たちの映像は、習近平国家主席の抱えるリスクを浮き彫りにしている。「共通の繁栄」と呼ぶ偉大なる公平性の名のもとに、地方当局は不動産への投機を抑えて、市場の行き過ぎを取り締まるよう命じられている。習近平はさらに、怒れるスマートフォンのビデオからは、もう一つの教訓を学ぶかも知れない。政府の支配が弱すぎることが、最大のリスクである、と。
牛のトイレトレーニング Sep 2021
The Economist, Sep 16th 2021
Science & Technology
Farming and the climate
How to toilet to fight climate change
牛のトイレトレーニング
子犬はしつけることができる。人間も2~3歳になればそうだ。ドイツthe Fredrich-Loweffler-Institut のDr Jan Langbeinは、気候変動の対策として、牛のトイレトレーニングをはじめている。
牛の尿には、窒素豊富な尿素(urea)が含まれている。牛の排泄物(faeces)が酵素によって分解されると、尿素はアンモニア(ammonia)に変化する。土壌の微生物は、アンモニアを亜酸化窒素(nitrous oxide)に変換する。この亜酸化窒素は歯医者の麻酔として知られているが、温室効果ガスの一つでもある。亜酸化窒素は農業によって大量に放出されており、EUの酪農場のアンモニア排出量は、全体の70%におよんでいる。
牛の尿をアンモニアになる前に集めて処理することが最善と思われる。しかし過去の経験では、牛を狭いエリアに閉じ込めておかないかぎり、とても難しいことがわかっている(それでは牛の健康に悪い)。Dr Langbeinはカレントバイオロジー誌に、こう書いている。放し飼いの牛(free-roaming cow)を自分でトイレ(latrine)まで行かせることによって、この難題(conundrum)を解決できるかもしれない、と。
しかし、トイレ問題は込み入っている、とDr Langbeinは言う。まず、膀胱(bladder)がいっぱいになっていることに気づかなければならない。そして、すぐに排泄しないようにコントロールしなければならない。最後に、排尿する筋肉を意識して緩めなければならない。こうした困難を克服するため、Dr Langbeinは牛のトイレトレーニングを3つのステージに分けて取り組んでいる。
最初の課題は、排尿を正しい場所、トイレにさせることである。まず、子牛たちをトイレに集め、そこで尿をするご褒美として糖蜜(molasses)や大麦を与える。次に、トイレにつづく通路(alley)の近くで自由にさせる。もしトイレで尿ができたらご褒美がもらえるが、通路で尿をしてしまったら、軽い罰として水のシャワーを浴びることになる。最後に、トイレへの通路が長く延ばされ、牛は徐々に長い時間、長い距離を我慢できるようにトレーニングされていく。
牛はかなり頭の良い動物であり、トイレトレーニングもかなりうまくいった。16頭の子牛のうち、11頭がトイレを成功させた。研究者が言うには、人間の子供とだいたい同じくらいの成功率だという。トイレまで排尿を我慢できた牛は現時点で77%にのぼっている。
Dr Langbeinは、この方法をもっと良くできると前向きに考えている。尿トレーニングの原則を排泄物全体に応用できるだろう(排泄物には窒素が含まれており、亜酸化窒素の元となっている)。アメとムチのバランスを調整すれば、トレーニングの効果をより永続的なものにできるかもしれない。トイレへの通路に設置した水スプレーの位置を調整したところ、トイレの成功率を高めることができた。8頭に4頭の成功率だったものが、8頭に7頭の成功になったのだ。しかし、実験サンプルの数が少なすぎるため、統計的に有意とは言いがたい。さらなる調査が必要である。
次のステップは、実際の農場でトイレトレーニングができるかどうかである、とDr Langbeinは言う。トイレを設置し、トレーニングを行うには時間もお金もかかる。農業主のやる気次第ということになるだろうが、気候変動の対策となるならば、一歩づつでも進むべきだろう。
宇宙旅行 Sep 2021
The Economist, Sep 16th 2021
Science & Technology
Space Tourism
リアリティTVは狭く閉ざされた世界を好む。宇宙旅行がそれだ。いつかはこの時が来ると思っていた。9月16日の未明(グリニッジ標準時)、フロリダのケネディ宇宙センターから、4人の民間宇宙飛行士が飛び立った。宇宙局と協賛企業のユーチューブチャンネルではストリーム配信された。ネットフリックスのドキュメンタリー番組「Countdown: Inspiration4 Mission to Space」では、このイベントを特集中で、東海岸のプライムタイム・ライブストリームで放映された。今後配信されるであろう長編エピソードでも、このときの映像が使われるかもしれない。
今回のInspiration4ミッションは、Shift4 Paymentsの創業者Jared Isaacmanによって企画、資金提供された。大富豪の起業家たちが宇宙へいくことが最近のトレンドになっている。Richard Bransonは自身の創業したVirgin Galacticがつくったロケットで高度85kmに達した。Jeff Bezosは彼のBlue Origin社製のロケットNew Shepardで、107kmにまで到達した。
Mr Isaacmanの旅は、少々異なる。自身の商品を宣伝するのではなく、他者の与えてくれたチャンスを楽しんだのだ。Elon Muskの創業したSpaceXによって。と同時に、テネシー州メンフィスのセントジュード・チルドレンリサーチ病院のために資金を集めた。
この旅はさらに野心的な側面がある。Sir RichardやMr Bezosのように、宇宙と定義される上空の曖昧なラインを越えて、数分後に地球へ戻ってくるというものではない。Mr Isaacmanと3人の仲間はSpaceX のFalcon 9によって周回軌道(orbit)へ乗せられると、数時間後に宇宙船Dragon2は高度575kmに到達した。ISS(国際宇宙ステーション)より150kmも高い場所である。ネットフリックスが説明するとおり、彼らは半球状の透明カプセル(cupola)から宇宙、そして地球を俯瞰することができた。地球を40周(40回の日の出、40回の日没)した3日後の9月19日、Dragon2は大気圏に再突入し、大西洋に着水した。この3日間、宇宙にあったDragon2は地球の澄んだ夜空にはっきりと見えていた。
ロケットの発射はどれもそうだが、やはり壮観である。どの発射においても、やるべきことに変わりはない。大西洋上空に描かれる軌道は、NASAの依頼を受けたSpaceXがISS(国際宇宙ステーション)に向かったものと同じように見える。SpaceXの責務は人類を宇宙空間に送り込むことである。宇宙旅行もその一環ではあるが、より大きな目的がある。
類似点といえば、宇宙船もそうである。Inspiration4の使ったカプセル(名前はResilience)は昨年、ISS(国際宇宙ステーション)に行ってきたものである。周回軌道に送り込んだロケットFalcon 9も、使用されるのは3回目だ(SpaceXのロケット回収船、Just Read The Instructions号によって発射から9分後に回収された)。SpaceXの先駆的成功の一つが、再利用可能な宇宙機器を開発したことである。おかげで、衛星や宇宙飛行士を送り出すことに後ろめたさがない。ブースターやカプセルを再整備して使用できるというアイディアには、ペンタゴンも納得しているようだ。さらに凄いのは、SpaceXは現在、3つのDragon(宇宙船)を運用していることである。一つは今回のResilienceであり、もう一つは4月にISS(国際宇宙ステーション)とドッキングしたEndeavour、さらに、8月末に届く貨物運搬用カプセル(名前はまだない)もある。
イギリス紙the Guardian の“Countdown”というレビュー記事で、Mr Isaacmanは「きわめて珍しい野獣、本当に人懐っこい大富豪」と評されており、Inspiration4の乗客名簿には「船長にして後援者」と記されている。彼とともに宇宙船に乗り込んだのは、St Jude病院の医師補助Hayley Arceneaux、アリゾナ州テンペのコミュニティカレッジ教授Sian Proctor(パイロット)、航空宇宙の会社Lockheed MartinのエンジニアChris Sembroskiである。
この4名は、TVショーがはじまる前に選ばれた。Mr Sembroski はSt Jude病院のチャリティー宝くじに当選した。Dr ProctorはShift4によるコンペティションを勝ち抜いた。こうした要素は、視聴者を引きつけるのに十分だろう(宇宙という新奇さも相まって)。リアリティTVと宇宙探索が、閉ざされた空間のリクエストに応えるということに価値はなく、乗組員たちが対立したり、予期せぬ展開になることをTVプロデューサーは期待している。ミッションの管制官は、そうしたことを望んではいないのだが。
宇宙飛行士の選抜過程において、争いがつづくよりも、リアルタイムの逆境やお互いの競争心のほうが有意義かもしれない。Axiom Space社は、プライベートな宇宙ステーションの建造を目指しており、NASAとの取り引きの一部としてSpaceXによるISS(国際宇宙ステーション)へ向かう一般市民に売却しようとしている。おそらくそれは大富豪の特権となるだろう。しかし昨3月、ディスカバリーチャンネルはWho Wants to be an Astronaut?というリアリティーショーの勝者を、Axiomの乗組員にすると発表した。
さらなる可能性があることに疑いはないだろう。日本人の起業家Yusaku MaezawaはSpaceXで月を周回する契約を結んでいる。この冒険は#dearMoonと呼ばれているが、数年以内には実現しそうにない。新たなロケットStarshipをMr Muskの会社がつくっており、より野心的なサービスとなりそうである。実現すれば初めて周回軌道を飛ぶことになるが、正確な狙いはまだはっきりしていない。それでも、リアリティTVのネタとして最高だろう。
Mr Isaacmanや他の人々が望むように、宇宙事業にインスパイヤされる人々がでてくるだろう。一方で、批判的な人々がいることも確かだ。大富豪や宝くじの当選者、ゲームの勝者などが行く宇宙旅行は、「宇宙の民主化」と呼べるものではない、と。
エサとしての昆虫 Sep 2021
The Economist, Sep 18th 2021
Europe
Edible insects
エサとしての昆虫
ペットから魚へ、そして養鶏から養豚へ。昆虫(insect)をエサにする範囲が広がってきている。EUの新たな法律によって今月、昆虫由来のタンパク質をニワトリや豚にエサとして与えることが可能になる。飼料への道をすすめてきた昆虫業界にとっては、記念碑的な出来事である。
動物由来のタンパク質が、2001年の狂牛病事件によって禁止されたため、ヨーロッパでは大豆や魚肉が飼料の基盤となっていた。しかし、それらは場所をとるうえ、環境にも優しくない。というわけで、飼料製造者は他の飼料を探し求めていた。
そこで昆虫の登場だ。昆虫はケージを何段にも積んで飼育できるので場所をとらない(水もほとんどいらない)。昆虫のエサは、農業の副産物や食品廃棄物(腐った果物や野菜など)で十分だ。そして何より自然界のほとんどの動物、たとえば野生の魚や鳥、豚も昆虫が大好きだ。
難点は価格にある。昆虫タンパク質の価格は、魚肉の2~3倍、大豆の数倍高い。規模を拡大しないかぎり、価格を下げることはできない。オランダのRabobankは、現在年間1万トンの生産が、2030年までには50万トンに達し、価格は下落するだろうと予測している。
昆虫関連企業は猛ピッチで進んでいる。調査によれば、昆虫は空腹を満たす食料というだけではなく、成長を促し免疫系を活性化させるという。そして、よりグリーンで身近なタンパク源となりうる。
養鶏と養豚が現在、昆虫にとって最も大きな市場となっているが、ペットや魚のエサとしての方が競争力をもつ。そういうわけで、昆虫タンパク質は最初、高級肉の飼育に使われる可能性が高いだろう、とミールワーム企業ŸnsectのCEO、Antoine Hubertは言う。
EFSA(欧州食品安全機関)は今年、三種類の昆虫(イエローミールワーム、バッタ、ヨーロッパイエコウロギ)を人間に無害と判断した。しかし、鶏肉や豚肉ほどに人々の関心はなさそうである。
メキシコの輸出農業 Sep 2021
The Economist, Sep 18th 2021
The Americas
Agriculture in Mexico
メキシコの輸出農業
Román juárezは15年前にトマトをつくりはじめ、いまや農場は数倍に拡大している。メキシコシティの南東部、プエブロ州の郊外に2つの農場がある。巨大なハウスのようなテントで栽培される3万8,000株のトマトは、最盛期に一株160個のトマトの実をつける。もちろん、農業にはリスクがともなう。Juárezが成功できたのは、2016年にアメリカへの輸出をはじめたからだ。彼は言う、「ビジネスの通用するところでしかビジネスはできない」と。
メキシコは今年、史上最高となる1,800万トンのトマトをアメリカへ輸出すると見込まれている。昨年、トマトの輸出だけで23億ドル(約2,530億円)の利益をあげている。トマトこそが、現在の潮流の最好例である。メキシコの農産物輸出額は昨年、395億ドル(約4兆3,450億円)で、国全体の輸出の10%におよぶ。メキシコの農業はGDPの4%を占め、昨年2%の成長を遂げた。メキシコ経済全体では8.5%のマイナスだったにもかかわらず。
メキシコの食料品輸出の歴史は何世紀にもおよぶ。ここ最近の好調は、1995年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定、現USMCA)によるところが大きい。1995年当時のメキシコのトマト輸出額は4億600万ドル(約446億6,000万円)にすぎず、メキシコ農業はかつて「醜いアヒルの子(the ugly duckling)」であった、と生産者を代表する国際農業協会のJuan Cortinaは言う。
2つの変化があった。一つは調理の需要が変化した。「アメリカ人はいまや、シーズンだけでなく通年収穫できる農産物を求めている」とカリフォルニア大学デービス校のPhilip Martinは言う。メキシコはその温暖な気候のおかげで、アメリカでは生産できない時期でも生産が可能であり、カリフォルニアやフロリダよりも大量に生産できる。さらにメキシコの農家はアメリカ企業と提携して、農作物の栽培方法を強化した。かつて露地で栽培されていた作物も、トンネルハウスなどを用いることにより病害虫を減らし、生産量を増加させた。
しかし、道のりは単純ではなかった。メキシコの輸出量が増えると、アメリカの農家は怒りをつのらせ、政府に不公平なほどの援助を求めた。そして、トランプ政権のもとUSMCAの交渉において、季節の果物と野菜に保護的な関税(defensive tariff)をかけようとした。それは失敗におわったものの、今度はアメリカ国際貿易委員会に対して、イチゴ・ピーマン・カボチャの輸入を調査するよう依頼した。
トマトも騒動に巻き込まれた。1996年、NAFTAによるトマトの関税の期限が切れる前に、米国商務省はメキシコのトマト農家に対して商品が安すぎないか、調査を開始した。そして、メキシコの輸出農家に対して最低価格を同意させた。最近では2019年にも議論がおこなわれている。
交易関係を穏便に維持することのほかにも、農業を発展させるためにできることはある。たとえば潅水システムの改善など、新たな技術は農家を利することになるだろう。チャピンゴ自治大学のAurelio Bastidaはこう言う、農業を環境と調和させるための政策が必要だ、と。メキシコの農業は環境変化に対して脆弱である。すでに深刻な水不足(water shortage)も発生している。輸出農家がうまくやっている一方で、多くの農家は国内市場で苦戦を強いられている。
もしも農業が拡大していくのなら、メキシコはアメリカのほかにも輸出先を見つけなければならない。それは難しくないだろう。なぜならメキシコは他国よりも多くの自由貿易協定に参加しているからだ。
しかし、Andrés Manuel López Obrador大統領の政策は、まるで1970年代に逆戻りしたいかのようで、将来の芽をつむ危険がある。昨年、輸出には必須の、食品の安全を認証する機関に対する投資をカットした。こうした非生産的な吝嗇は、輸出農業を花咲かせるというよりも、萎れさせるものであろう。
日中の腐れ縁 Sep 2021
The Economist, Sep 18th 2021
Business
Supply chains
日中の腐れ縁
今月末、東芝は大連の工場を閉鎖した。この中国北東部に工場を開いてから30年が経っていた。かつてこの工場はグローバル供給網が中国へ進出した象徴的存在だったが、今回の閉鎖によって、今後どのようなサプライチェーンが再形成されていくのだろうか。その答えは、微妙に限界。
東芝の大連工場は、アジアにおけるビジネスパターンを大きく変化させた。オープン当初、日本はアジアの貿易および製造業において唯一無二の存在であった。2019年、日本の中間財の取り引きは3,900億ドル(約43兆円)で、韓国および台湾と2位争いをしている。1位は中国、9,350億ドル(約100兆円)と抜きん出ている。
中国人労働者の時給は、今世紀にはいってから10倍に跳ね上がり、6.20ドル(約782円)になった。依然、日本人労働者の4分の1だとはいえ、タイの労働者の2倍である。ちなみに、中国は2008年までタイと同じ水準にあった。労賃の上昇が十分な理由にならないとしても、中国共産党と先進民主国とのあいだでは、地政学的緊張が高まっている。
日本の海外向け直接投資の中国への割合は2012年以来、一貫して減り続けている。また、日本企業が中国と提携している製造業の数は、10年前から成長を止めている。新たな提携先は、インド、インドネシア、タイ、ベトナムなどアジア各地に広がっている。東芝はかつて海外へ拡張した分の穴埋めを、国内50の工場およびベトナム30の工場で行うことにした。日本政府は補助金によってサプライチェーンの国内回帰と多様化をずっとすすめてきた(暗黙裡に中国依存を減らす目的もある)。
ほかの日本企業も状況は似たりよったりである。沖電気は今月、20年前に開業した深セン市の工場ではプリンタの製造を行わないと発表した。今後はタイおよび日本国内における既存の工場で製造することになる。とはいえ、みなが皆、中国からの離脱を急いでいるわけではない。JETRO(日本貿易振興機構)の昨年の調査によると、日本企業の8%が中国との関わりを減らす、または失くすと答えているが、これは他国に対する平均よりも低い数字である。アメリカの玩具メーカーHasbroから韓国のサムスンまで、多くのグローバル企業も同じような算盤をはじいている。東芝自身は大連に第2の工場を共同で所有することにしている。
どんなに熱い国家主義者でさえ、世界第2位の経済規模を誇る中国とのつながりを断つことには躊躇するだろう。そんなことをすれば、中国のサプライヤーや製造業との良好な関係が利益を生まなくなってしまう。現在のようなつながりを新たにつくるとなると何年もかかるだろう。企業側がコストの削減や将来の安定供給を強制だと感じてしまう限界にあって、中国はもはや約束の地ではないだろう。
未来のお金 Sep 2021
The Economist, Sep 18th 2021
Leaders
The future of money
未来のお金
疑り深い人には、山ほどのネタ(fodder)がある。最初の暗号通貨であるビットコインに最初に飛びついた人々(earliest adopter)は、ドラッグを買うのにそれを使った。一方、サイバーハッカーたちは身代金を要求している。ether(デジタル通貨の一つ)は今年、コードのエラーをハッカーに見つけられ、何百万ドルも盗まれた。こうした暗号資産(cryptoasset)の価値は2兆2,000億ドル(約242兆円)にものぼる。そのため、手っ取り早く金持ちになりたい人々によって争奪されている(狂信的な信者とよべる者までいる)。エルサルバドルでは6月、自国を救うためにビットコインを公式通貨にしようとしている、とある請負人は語る。
悪党や愚か者、変節者にとっては不愉快だろうが、DeFiと呼ばれる分散型金融(decentralised finance)が金融サービスとしての収益体制(ecosystem)を築きはじめており、それらを真面目に考えるときがきている。DeFiによって金融システムを紡ぎ直すことができるかもしれない(当然、可能性とともに危険も存在する)。DeFiによる革新の広まりは、Webがはじまったころの熱狂とよく似ている。人々がオンラインに生きようとすれば、暗号通貨による革命(crypto-revolution)がデジタル経済の骨組みを再構築することになるだろう。
DeFiは、金融を撹乱する3つのデジタル潮流の一つである。デジタル・プラットフォーム企業は、支払いと銀行に割り込んできている。政府もデジタル通貨(govcoin)に着手している。DeFiは力を集中させるのではなく、分散させる方へ向かう代替経路(alternative path)である。その仕組みを理解するには、ブロックチェーンからはじめるのがよいだろう。ブロックチェーンは巨大なコンピューター網で、その記録はオープンかつ公正で、中央権力(central authority)なしでアップデートされていく。
ビットコインは2009年につくられた最初のブロックチェーンであるが、いまや独占的ではない。イーサリアム(Ethereum)は2015年にDeFiを元につくられたブロックチェーンで、臨界点(critical mass)に達した。開発者たちにとっての金融は、ジューシーなご馳走でしかない。従来の銀行経営には、不特定多数の人々の信頼を保つために巨大なインフラが必要とされる(掃除から法令遵守、法廷まで)。多大な経費を要するし、ときおりインサイダーに乗っ取られる。それに対して、ブロックチェーン上での取り引きは信頼厚く、安価、迅速、透明性も高い。理論上はそうなっている。
手数料はガス、主要通貨はイーサ(ether)、NFTsとは非代替性トークンなど、専門用語にはたじろぐが、DeFi上で行われていることは日常的なものである。両替やローンの貸し出し、スマートコンタクトと呼ばれる即時の保証金制度など。アクティビティの基準とされるのは、担保として用いられるデジタル機器の価値であるが、ほぼ無の状態からスタートしたにもかかわらず、2018年初頭には9,000億ドル(約100兆円)になっている。イーサリアム(Ethereum)が認証する取り引きは、第2四半期に2兆5,000億ドル(約275兆円)に達した。これはVISAの取引量とほぼ同等であり、ナスダックの6分の1の規模である。
摩擦の少ない金融システムという夢ははじまったばかりだ。DeFiはより野心的な領域に広がりはじめている。MetaMaskというDeFiの財布は1,000万人以上のユーザーに利用されている。Metaverseというのは、ユーザーの運営するショップなどがある仮想世界であり、マンガ的なアバターでうろつきながら、その財布を使うことができる。こうしたデジタル世界によって、消費がオンラインにシフトしており、その競争は激化している。巨大ハイテク企業は、こうしたミニ経済圏に多大な税を課すこともできる。アップルによるアップストアなどがそうであり、アバターに課金するフェイスブックもそうである。可能性のある代替案としては、分散型のネットワークがある。それはアプリケーションを中心にユーザーが相互に運営するものである。DeFiは報酬と財産権を提供することができるだろう。
暗号通貨に熱中している者たちは夢を見ている。しかし、DeFiがJPモルガンやペイパルほどの信頼性を得るには時間がかかる。問題のいくつかは退屈なものだ。ありがちな批判は、ブロックチェーンのプラットフォームは計量化がむずかしく、利用するコンピューターは無駄に電力を消費する、というものである。しかし、Ethereumには自己解決能力がある。需要が高まり、認証の際の手数料が増えれば、開発者は使用者の集中を最小化する動機をえる。それらはEthereumの新たなバージョンとなるだろう。また、ブロックチェーンがさらに改良される日が来るかもしれない。
しかし、DeFi独自のバーチャルな経済がどのように現実世界と関わっていくのか、疑問はまだ残る。一つの懸念は、外部価値の安定性が欠如していることである。暗号通貨はドルと変わるものではない。双方ともに、交換を前提とした信頼関係がある。しかしながら、現実の通貨は独占力をもった政府や中央銀行が後ろ盾になっており、保有者にとって最後の砦となっている。ところが、DeFiにはそれがない。つまり、パニックに対して脆弱である。バーチャル世界の外で契約が実施できるのか、それも疑問である。ブロックチェーンによる契約は、家を所有していたはずが、警察に立ち退きを命じられるようなことがあるかもしれない。
運営管理と説明責任は、DeFiにおいても初歩的なことである。人間が取り消すことのできない取り引きが続く危険性があり、とくにコードのエラーは不可避であろう。Ethereumと銀行システムの間には、支配のゆきとどかないグレーゾーンが存在するかもしれず、マネーロンダリングなどの危険もある。また、分散型とはいうものの、プログラマーやアプリの所有者がDeFiシステムに対してありえないほどの影響力をもつ可能性もある。悪意のある者によって、ブロックチェーンを構成するコンピューター群を支配されてしまったらどうなるのだろうか。
デジタル自由主義者は、DeFiは不完全だが、独立を保ってほしいと思っている。しかし、そのためには既存の金融および法システムに統合されなければならない、とGary Genslerは言う。彼は金融の番人、かつ暗号通貨のエキスパートである。DeFiアプリの多くは分散型の団体によって運営されているが、それらの団体は法律や当局の規制を受けるべきである。中央銀行の出資する国際決済銀行は、政府発行のgavcoinがDeFiアプリに組み込まれたほうが安定すると考えている。
金融は新たな時代に突入しており、新しいが欠陥もあるハイテクプラットフォーム、政府、そしてDeFi、これらが競い合いながら絡み合った状態にある。技術的な構造と、経済に対するイデオロギーをそれぞれが体現している。1990年代のインターネットのように、この革命の帰結点を誰も知らないが、通貨のあり方、そしてデジタル世界全体が変わっていくことになるだろう。