英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

石油屋はつらいよ Sep 2021

 

The Economist, Sep 11th 2021

 

Business

Big oil in Iraq

Bagdad pay dirt

 

石油屋はつらいよ

 

 

石油業界のボスは、何をしても悪くいわれる。地中からハイドロカーボンを汲みあげれば儲かるが、環境団体のみならず、取締役会や政府の怒りまで買うことになる。再生可能エネルギーやグリーンエネルギーなどは聞こえはいいものの、投資家たちを満足させることができない。ところが、トタル(TotalEnergies, フランスの大手石油企業)は今週、両サイドを納得させるような方法があることを示してくれた。

 

9月5日、フランスのオイルメジャーは、イラク政府に25年間270億ドル(約3兆円)を投資する契約を結んだ。この資金はソーラー発電から石油の掘削まで様々なプロジェクトで利用されることになる。ある計画では、石油を採取する際に副産物として燃やされる天然ガスを、よりクリーンな電気へと変換するという。

 

 

この取引はイラク国益ともなる。イラクはエネルギー部門への投資を渇望していた。しかし、政治が不安定なために、トタルのライバル企業たるBPやシェル、エクソンモービルなどがイラクから撤退しはじめている。ソーラー発電や新たな石油があれば、腐れ縁のイランから輸入しているガスや電気に頼らなくても済むようになる(かつてイラクは不払いを理由に供給を絶たれたことがある)。石油漬けの国々で停電は日常茶飯事だが、来月の選挙のことを考えれば、それでは不味い。

 

CO2の排出をグリーンのベールで覆うことで、トタルの評判は保たれている。2050年までにCO2排出を正味ゼロにするという宣言によって、黒いイメージからの再ブランド化をトタルは試みようとしている。このプランは環境を考慮した多くの支出計画によって支えられている。

 

 

より条件の良い場所を探そうとすれば、皆が避けるようなところに分け入らなければならない。トタルの好戦的ボスPatrick Pouyannéは、クリーンエネルギーに投資しているのは古いタイプの石油会社だけだ、と言う。彼は世界一安いハイドロカーボンを、中東やアフリカに求めている。他ライバル企業がアメリカのシェールに金を注ぎ込んでいるのに対して、トタルはビジネスの最もやりにくいリビアベネズエラなどに投資している。もしうまくいけば、あふれるほどの大金が期待できる。イラクでの契約は950億ドル(約1兆4,500億円)を見込んでいる。

 

だが、なかなかそうはいかない。モザンビークとイエメンの巨大ガスプロジェクトは、戦争とテロによって駄目になった。ベネズエラではこの夏、資産の減額によって14億ドル(約1540億円)を失った。イラクでも、トタルは計画を削られ、50億ドル(約5,500億円)にまで減ってしまった。やはり政治的なリスクをなんとかするには、少なくとも政府高官の力を借りなければならない。この8月にフランスのマクロン大統領がイラクを訪れたことで、トタルの契約は成立した。一年のうちに2度も訪れて。

 

 

冥土へワクチン Sep 2021

 

The Economist, Sep 11th 2021

 

Asia

Funeral rites

Hell-care providers

 

冥土へワクチン

 

 

Raymond shiehの「冥土のワクチンセット(hell vaccine kit)」には、緑・青・赤の3つの小瓶、そして大きな注射器がはいっている。これらは冥銭(joss paper)と呼ばれる副葬品で、死者への供物として燃やされるものである。3つの小瓶の三色が意味するものは、それぞれファイザーアストラゼネカ、シノバックであり、死後の世界でワクチンが受けられるようにと願ったものだ(この死者はワクチンを受けられずに亡くなった)。

 

過去一ヶ月間、マレーシアでは毎日2万人の新規感染者が報告されている。11歳以上のワクチン接種が半分以上完了しているにもかかわらず、マレーシアのコロナウイルスによる死亡率(death rate)は東南アジアで最悪の数字である。

 

 

「マレーシア人にとって、辛い日々が続いている。ワクチンを受けられずに多くの人々が亡くなっている」とMr Shiehは言う。彼はマレーシア南部のジョホール州で、葬祭の道具を売る店を経営している。コロナの死者が増えるほど、注文は多くなる。これまで300以上の注文が、マレーシアのみならず、シンガポール、台湾、香港からも入っている。商品一つ、23リンギット(600円)である。「なるべく安くしておきたいよ。遺族が心安らかでいられるようにね」と彼は言う。

 

伝統的な中国の宗教(たとえば道教など)では、冥銭や紙でつくった物を燃やすことで、死者の満たされなかった思いを叶えてあげようとする。死者の霊魂は、10の地獄を通り抜けなければ救済されることはないと信じられている。葬式によって、その旅を短くしてあげることができ、供物によって魂の苦しみは和らげられる。こうした儀式の締めくくりが、冥銭(hell money)を燃やすことである。同時に燃やされるのは、死者があの世で必要になるであろう、衣服や住居、アイフォンやフェラーリなどである(すべて紙製)。Mr Shiehは、実物大の紙製アイフォンを、350リンギット(9,200円)で売っている。

 

 

毎年、中元(盂蘭盆会)が8月か9月に行われ、信者たちは祖先および様々な霊に対して敬意を表する。この期間は冥土の門が開かれ、死者が生者を訪れることができるとされている。紙製の供物が燃やされ、空腹の霊のために食事が供えられる。歌台とよばれる中国版オペラでは、霊をなぐさめるための歌や踊りが披露される。たいがいは野外にテントを張って行われ、最前列のシートは霊魂のために空けられ、生者は後ろの席に座って観賞する。しかし、去年はコロナ禍によりこうしたイベントはキャンセルされ、その代わりにオンラインで多くの国々に配信された。

 

道教や仏教における通常の葬式では、遺体を火葬する前夜か数夜、徹夜で死者を弔う。しかし、コロナウイルスによる死者は、即刻火葬に付されるため、遺族に弔意を表することもできない。「きちんと葬式をしてあげなければ、霊は安まらないのではなかろうか」と、Eric Leongは言う。彼はコロナによって父親を失ったばかりだ。

 

故人へワクチンを贈ることは、せめてもの慰めなのかもしれない。

 

 

ハイブリッドなサンゴ礁 Sep 2021

 

The Economist, Sep 8th 2021

 

Science & Technology

Ocean reefs

Hybrid vigour

 

ハイブリッドなサンゴ礁

 

 

画像のサンゴ礁(coral reef)が少し変に見えるのは、それが人工的なもので、地域の生態系を守るために造られたものだからである。それらが立派に育てば、侵食(erosion)や波被害を軽減するのに役立つようになる。さらに、観光客がダイビングを楽しむ名所にもなるだろう。こうしたハイブリッドなサンゴ礁がここ最近増えてきた。そして、ビジネスや軍事などにも利用されはじめている。

 

サンゴ礁は、防波堤(sea wall)のように波をブロックするわけではなく、波が岸に着くまでに減衰させる効果がある。カリフォルニア大学およびパシフィックコースタル・マリンサービスセンターの見積もりによると、天然のサンゴ礁は、アメリカだけでも18億ドル(1960億円)もの洪水被害を防いでいるという。将来的な海水面の上昇や暴風雨の増加を考えれば、さらなる海岸の防御が必要になるだろう。天然のサンゴ礁が成長するには何世紀もかかってしまうが、ハイブリッド版ならば数ヶ月でそれらを作り上げることができる。

 

 

人工的にサンゴ礁をつくるというアイディアは、海洋生物学(marine biology)に興味をもっていた建築家Wolf Hilbertzが考えたものである。1970年代、Hilbertzは海中に沈めた電極(electrode)に電流を流す手法を開発し、海水中の炭酸カルシウム(calcium carbonate)と水酸化マグネシウム(magnesium hydroxide)の生成を促進させた。そして、天然のサンゴと同様の石灰石(limestone)を作り出し、それを天然サンゴが成長するための足場とした。

 

Hilbertzのアイディアは元々、石灰岩を生成するまでだった。海中に構造物が育ち、それらが港湾施設(port facility)のように使われ、次々と建物が陸を目指していくようなイメージだった。コンクリートで何かを作るよりも簡単で安価な方法であった。のちに海洋生物学者のThomas Goreauと仕事をするようになり、バイオロック(Biorock)を作るようになった。それは、サンゴ礁の基礎となる物体を用いるアイディアで、傷んだサンゴの修復を主として目指した。

 

 

1996年、チャリティー団体the Global Coral Reef Allianceは、モルディブ共和国のサンゴの修復のため、バイオロックを用いて6m長の構造物をつくった。ほかにインドネシア、ジャマイカ、メキシコでもサンゴの修復をおこなった。バリ島におけるThe Pemuteran Coral Reef Restoration Project(プムトゥラン・サンゴ復元計画)では、300m長の構造物と何十もの育苗場(nursery)をつくった。それは、バイオロックを核にして、サンゴが自然に伸びていくように設計されたものだった。

 

これらは皆、慈善事業か公共事業である。それでもお金はかかる。イギリス企業CCellの創業者William Batemanは、お金をだしている一人だ。Batemanは防波堤(breakwater)よりもサンゴ礁のほうが良いと思っているし、ましてや養浜(beach nourishment)などはもってのほかだ。養浜とは、砂浜の侵食を防ぐために大量の砂を何度となく運ばなければならず、何十億ドルもの産業になっている。

 

 

CCellがはじめて契約した大仕事は、メキシコのリゾート地Telchac Puerto(テルチャク・プエルト)のサンゴ礁を守るものだった。この夏、CCellの技術者たちは110mの工事をするにあたり、重機を使わなくて済むように、2mごとの軽量な人工サンゴを海岸に敷き詰めた。

 

近隣の砂浜では、防波堤をつくるために何千トンもの岩石が運び込まれている。一方、テルチャク・プエルトでは、新たなサンゴが海中からそうした建築資材をかき集めてくれる。つまり、環境破壊が少なく、労力やコストも抑えられる。Batemanは言う、砂浜が良くなっていることは地元住民も理解しているが、サンゴの有効性が明らかになるには数ヶ月必要だ、と。成功事例を増やすことが、商業的なハイブリッド・サンゴのさらなる需要につながるだろう。

 

 

アメリ防衛省の調査機関であるDarpaは、ハイブリッド・リーフを沿岸防衛の手段とみている。すなわち、国防のための軍事施設としてである。Darpaによる「リーフェンス(Reefence)」プロジェクトの長であるLori Adornatoは言う、ハイブリッド・リーフが自己修復(self-repairing)することでメンテナンスの必要がなくなることが目標です、と。リーフェンスはサンゴをつくり、その効果を発揮するだけでなく、サンゴが健康を保てるように生態環境を強化し、天然サンゴが危機にさらされても生きていけるようにするということだ。

 

サンゴ礁が繁茂できるのは暖かい海だが、冷たい海では牡蠣(oyster)が基底になる、とAdornatoは言う。牡蠣による礁は、古い牡蠣の上に新しい牡蠣が乗って、その重みで融合して形作られる。そうした牡蠣礁はかつての北東アメリカではふんだんに見られたものだが、乱獲や環境破壊によって失われてしまっている。それでも、ハイブリッドサンゴ礁と同じ手法で、牡蠣礁をつくることも可能であり、海を守ることができる。

 

 

サンゴにしろ牡蠣にしろ、ハイブリッド・リーフを守るには、ほかの生物の助けも必要である。Adornatoが言うには、藻(algae)がサンゴの生成を妨げたり、魚がサンゴをかじったりするので、そうしたサンゴの天敵を駆逐するような他の魚が必要となる。そうした有用な生物を引き寄せるには、いくつかの方法があるという。イギリスのエクセター大学の研究では、健康なサンゴの生息する海で録音された音が、味方の魚を引き寄せるという。CCellはそうした音響キュー(acoustic cue)の研究をコーネル大学とともに進めている。

 

おそらく、ハイブリッド・リーフが最も試されるのは、気候変動に耐えられるかどうかだろう。今後、海水温は上昇し、酸性化していくことになるが、いずれもサンゴ礁にダメージを与える環境変化だ。そうした未来を想定して、すでに多種類のサンゴが試験されており、より強健な種を殖やしていこうとしている。

 

 

Darpaは現在、リーフェンスに興味をもった契約者からの提案を検討している。この計画の契約が決まれば、年末までには次の段階にすすむことができる。Adornatoは言う、目標はハイブリッドリーフをより安価に提供することです。設置される場所がどこであれ、自己修復できるサンゴ礁であれば将来的なコストがかからなくなります、と。

 

海水面の上昇する温暖化した世界にあって、そうした防御策はどんどん広まっていきそうである。

 

 

スポーツ・メンタル、大阪なおみ Sep 2021

 

The Economist, Sep 11th 2021

 

Graphic detail

Sport psychology

All too human

 

スポーツ・メンタル、大阪なおみ

 

 

大坂なおみは9月4日、タイトル防衛のかかったUSオープンテニスで、3回戦の相手に余裕の勝負をしていた。相手は世界ランク73位のレイラ・フェルナンデス(Leylah Fernandez)、1セットを大阪がとり、2セット目も6-5で大阪がリード、あとワンショットでゲームが決まるところだった。ところが、大阪の凡ミスで並ばれると、次のポイントも大阪はとられた。タイブレーク(tiebreaker)で大阪は2度もラケットを投げつけた。そして結局、ゲームを落とした。

 

故郷日本でのオリンピックも、大阪は敗れた。そして今回の敗北により彼女の精神力に疑問が生じた。しかし、USオープンのように、一つのミスが次のミスを誘発してしまうような崩れ方は、一般的に珍しいことではない。エクスター大学のDavid Harris、SamUEl Vine、Mark Wilson、ロンドン大学ロイヤルホロウェイのMichael Eysenckらの最新の報告によれば、一流のテニス選手はシチュエーションによる不安(situation-driven anxiety)から、驚くほどミスを起こしやすいことがわかった。こうした不安を解消するのが、コーチの役目ともいえる。

 

 

テニスのショットは、次の2つに分類される。普通のショットをミスして点を失えば、凡ミス(UE、unforced error)と記される。逆に、相手が触ることもできないショットが決まった場合、ウイナー(winner)となる。

 

2016~2019年のテニス四大大会、およそ40万ポイントにおけるUE(凡ミス)とウィナーの割合が、この研究によって分析されている。ブレークやセットポイントなどプレッシャーのかかる場面では、UE(凡ミス)が通常よりも15%多く出てしまう。そして、UEで点を失ったあと、同じような失敗を繰り返す確率がぐっと高くなる。ミスがミスを生むため、プレッシャーの多い場面でのUEは、予想以上に次のUEにつながってしまうのである。

 

 

さらに、UEが連続して起こることによって、プレーヤー間の実力の差が狭まることになる。論理的には、勝者となる選手のUEは、敗者のそれよりも少ない。しかし、この差はUEが連続すると3%ほど縮まる。プレッシャーのかかる場面に限定すれば、7%から4%へと確率が低くなるのである。

 

一方、ウィナーの割合は、プレッシャーのかかる場面でも変わらない。UEのあとにウィナーがでるのは、プレーヤーがミスした分を取り返そうと必死になるからだろう。それにもかかわらず、試合の最終的な勝者と敗者を比べたウィナーとUEの割合の差は、UEのあとのポイントのほうが他の状況にくらべて少ない。研究者によれば、つまらないミスをすると、また失敗するかもしれないと怖くなってしまうからだ。そのため、試合に勝ちそうなプレーヤーが、敗者のような心理状態(mental state)になってしまって、ミスをしてしまうのだ。

 

 

こうしたアスリートの心理的な弱み(psychological vulnerabilities)は、その他の研究によっても裏付けられている。バスケットボール選手は、フリースローを決める確率が、接戦における残り数分間で落ちる。ゴルファーは、優勝賞金が多額であるほど、パットでミスがでる。

 

えてしてアスリートはメンタル・タフネス(mental taughness)の権化のように思われているかもしれないが、やはり誰しも勝負に負ける不安はかかえている。結局、みな人間らしいということだ。

 

 

ギニアのボーキサイト Sep 2021

 

The Economist, Sep 7th 2021

 

Finance & Economics

Commodities

Higher still

 

ギニアボーキサイト

 

 

ギニアは人口1,300万の西アフリカの国であるが、世界のコモディティー市場で重要な役割をになっているということを、ご存知だろうか? 近年、ギニアではボーキサイト(bauxite)の産出が増加している。ボーキサイトというのは土中にある赤褐色の鉱石で、アルミニウム(aluminium)の原料となる。中国による多額の投資のおかげで、ギニアボーキサイト産出量は2015年の2,100万トンから、2020年は9,000万トンに増大し、世界全体の4分の1を占めるまでになった。その半分以上は中国の精錬業者に供給されている。中国で精錬されるアルミニウムの量は世界の半分以上におよぶ。

 

9月5日、ギニアが軍事クーデター(military coup)によって混乱に陥ったため、コモディティー市場も当然影響をうけた。すでに過熱気味だったアルミニウムの価格はさらに上昇し、ここ10年で最高のレベルに達した(ギニアにはまた、シマンド(Simandou)という世界最大級の未開発鉱山もある。この鉱山に投資しているChina HongqiaoとRio Tintoの株価は、クーデター勃発のニュースがはいるや、一時的に下落した)。

 

 

最近のアルミニウム価格の上昇は、ギニアの事情によるところが大きい。現在までで約40%値上がりしており、ほかの主要な金属よりも上昇幅が大きい。それは需要が拡大しているからでもある。ロックダウンのために自宅飲みが増え、アルミ缶が大量に消費されている。2020年はコロナ騒ぎのために経済は低調であったが、今後は建設関係のアルミニウム需要が増えるだろう。アメリカ、中国、ヨーロッパなどでインフラ建設の計画が増えており、資材の必要が高まっている。また、電気自動車はガソリン車に比べてアルミニウムをより使う。こうした要因が金属の需要を押し上げている。

 

需要が増えているにもかかわらず、供給が滞っている。8月、ジャマイカの精錬所が火災によって機能を停止した。カナダではリオティントの労働者が精錬所でストライキを起こした。中国でも混乱が生じている。アルミニウムを精錬するには大量のエネルギーが必要だが(電気の塊ともいわれる)、内モンゴルや新疆など各地で新たなエネルギー消費基準が導入され、生産の縮小を迫られている。雲南でも干魃によって水力発電が打撃をうけている。こうした事情により、中国の年間アルミニウム生産量が5%ほど落ちている、とJPモルガンチェースのGregory Shearerは見積もっている。

 

 

ギニアのクーデターがボーキサイトの供給をどれほど阻害するのかは、いまだ不透明である。いまのところ、鉱山は稼働しており、ボーキサイトは運び出されている。中国側の倉庫にも在庫は十分にある。しかし、他国政府がギニアの新政府に制裁を課す恐れがある。新政府自身が鉱山に課税する可能性もある。いずれにせよ、ギニアからのボーキサイトの流れは思わしくない。

 

中国のボーキサイト在庫がまだ豊富にあるといっても、中国の規制当局が次にどうでるかが問題である。金属価格の上昇が国内の製造業を害するのではないかと、当局は懸念している。中国はインフレを抑えるために、戦略的備蓄(strategic reserve)アルミニウムを放出しはじめている。

 

 

この方針は、他のそれと対立している。一つはエネルギーの消費ターゲットであり、一つは中国のアルミニウム生産制限である(中国は2017年に生産過多を理由に制限をかけた)。精錬所の生産リミットが迫ってくれば、生産を制限せざるをえない。となると、新たな精錬所を建てるまで、価格は上昇していくことになる。

 

一つの可能性としてあるのは、中国がアルミニウム精錬を国外で行うことだ。たとえばインドネシアなどは労働力が安価であり、ニッケルは一部をすでにインドネシアに移している。中国虹橋(China Hongqiao)は世界最大のアルミニウム生産者であるが、新たな精錬所はインドネシアに建設する予定である。

 

ギニアの新政府も、インドネシアボーキサイトを売ることで落ち着くかもしれない。もちろん中国の手を借りてだろうが。

 

 

バングラデシュの格安マスク Sep 2021

 

The Economist, Sep 11th 2021

 

Asia

Tackling covid-19

Face: the facts

 

バングラデシュの格安マスク

 

 

バングラデシュの首都ダッカには1,800万の人々がひしめいている。そして、いたるところにマスクが見られる。しかし…、露天商(street hawker)のマスクは顎の下。人力車引き(rickshaw-puller)のマスクはポケットから突き出ている。工場労働者のマスクは手首にぶら下がっている…。口と鼻の両方を覆ったマスクは、まず見られない。

 

マスクという、他国では一般的なコロナ防衛手段も、18億人の暮らす南アジアでは無力化されている。ロックダウンは効果的だが、家庭と企業をめちゃくちゃにしてしまう。というのも、南アジアの国々は人々を自宅待機させて補助金をだすほどの余裕がない。ワクチンの供給・配布も問題山積、11歳以上の15%しか接種を完了していない(EUは60%以上)。ワクチン接種がすすまないうちは、マスクが最良の防御となる。がしかし、その習慣がないのだから道は険しい。

 

 

コロナウイルスの拡散を防ぐための、フェイスマスクの有用性に関する最新の研究では、被験者の態度が実際に変わりうることが示された(それも格安で)。イェール大学とスタンフォード大学の研究者、および米国のNGOであるInnovations for Poverty Actionは昨年末、バングラデシュの村600ヶ所、34万2,000人を対象にマスクの使用状況を追跡調査した。研究のはじめにまず、半数の被験者にマスクを無料配布し、定期的なアドバイスを実施した。残りの半分の人々は、ただ見ているだけである。

 

結果は良好であった。マスクを配布したグループにおいて、きちんとマスクを着けるようになった人々が42%に上った(実験をはじめる前の3倍)。そして、実験期間の2ヶ月を過ぎても、アドバイスもなしにさらに2週間、マスクを着用しつづけてくれた。さらに、症候性感染(symptomatic infection)は9.3%減少し、布製ではなく医療用のマスクを着けた60歳以上の人々の場合は34%減少した。研究者のMushiq Mobarakは、若い世代の家族の場合も減少したでしょう、と言う。しかし、若者に多い無症候性感染(asymptomatic infection)の追跡は、予算不足のため実施できなかった。

 

 

この研究によって、人々にマスクを着けてもらうには、昔ながらの簡単な方法でよいことがわかった。まず無料でマスクを配布し、いかにマスク着用が大切かを、模範となるケースを提示して理解を求めるのである。バングラデシュでは、有名なクリケット選手と地元の宗教的リーダーが手本となってくれた。これは良い行いを広めるためのカラクリであり、村の人たちに少しずつマスクを広めていく結果となった。

 

啓蒙していく人物を雇うのにはお金がかかるが、ほかはそれほどでもない。医療用のマスクは一枚5セント(5円)程度である。普通は使い捨てのマスクも、何度か洗って使うことに問題はなく、よりコストが削減された。バングラデシュNGO、BRACのAsif Salehは言う、びっくりするくらいお金がかからない、と。

 

 

BRACはこの方法を8,000万人のバングラデシュ人(全人口のおよそ半分)に実施した。要した費用は650万ドル(7億1,500万円)、一人あたり42セント(46円)という超特価(bargain-basement price)であった。さらに、インド、ネパール、パキスタンNGOおよび政府も、新たな2,000万人に実施することになっている。Mr Salehは言う、継続していくことが大切です、と。

 

ワクチン接種のすすんだ先進諸国では、とりあえず普通の生活が戻りつつある。しかし、南アジアの国々にはまだまだやれることがあるようだ。

 

 

菅総理の後釜をめぐって Sep 2021

 

The Economist, 11th Sep 2021

 

Asia

Japanese politics

September surprise

 

菅総理の後釜をめぐって

 

 

日本の総理大臣、菅義偉はつい9月2日までは続投の意思があった。しかしその翌日、自民党幹部らと会議室から姿を現したとき、菅首相は悄然としていた。彼の支持率は低迷したままで、党内の支持も空洞化しつつあった。そして菅総理は、次の総裁選における不出馬を表明するにいたる。菅首相の豹変は、未来の日本政治をになうべきの自民党を揺るがした。9月29日には自民党の総裁選挙がおこなわれる。その勝者は次期総理大臣となり、11月に予定されている衆議院選挙を戦うことになる。

 

自民党の総裁選には、いまのところ4名が有力であろう。元外務大臣岸田文雄。党内では人気だが、大衆のウケはそこそこ。元外務および防衛大臣河野太郎。現ワクチン担当大臣で、SNSが得意。まだ58歳と、日本の政界では若年。大衆には人気があるも、党内では一匹オオカミ的存在。元総務大臣高市早苗。ほとんど無名だが、自民右翼、期待の新星。元防衛大臣石破茂も参戦するかもしれない。彼は国民に支持されるも、党内では限定的。

 

 

これら4人とも政策面では抜本的な改革(radical change)を求めていない。親アメリカであり、中国の拡大主義に対しては日本の防衛力強化を望んでいる。日銀の金融緩和を止めるつもりもないし、金融引き締めも望んでいない。もちろん4者それぞれに違いはある。中国との関係はどうするのか、景気刺激策をいかに縮小していくか、エネルギー政策はどうするか、コロナ対策は、などなど。大きな違いは世代的で、表面的なものである。岸田氏は目新しさのない古いタイプの人間であり、河野氏は独立心強くカリスマ的であり、高市氏は国家主義の煽動者である。

 

世論調査によれば、河野氏が最有力である。しかし、自民党の選挙は国民が投票するわけではない。最初の投票は、国会議員383名と110万人の党員を代表する383票によって決められる。もし過半数を獲得する候補がいなければ(よくあることだが)、上位2名が決選投票によって決着をつける(国会議員の票がより重視される)。決選投票は党派グループごとになりがちだが、若手議員は長老たちの選択に納得のいかないこともある。

 

 

レースの結果は、密室による談合(backroom wheeling and dealing)か、超党派の駆け引き(inter-factional horse-trading)によるところが大きい。しかし同時に、次の衆院選において誰をリーダーに戦うべきか、そして、若手議員(河野氏びいきが多い)をいかに取り込むかにもかかっている。自民党の古株である岸田氏ならば、妥当な選択である。高市氏は靖国参拝の常連であるから、右翼票を集めることになるだろう。もし石破氏もはいってくるなら、レースをひっくり返されるかもしれないし、そうでなくとも誰か一人を強力に後押しする可能性もある。

 

菅首相の前任者、安倍氏は8年間首相を務めたが、それ以前は6年間で6人の総理大臣が交代している。今回の菅首相の短い在位は、過去の混乱と同様のリスクをはらむ。しかしながら、新たな時代への扉をひらく可能性もある。菅氏の突然の退陣(abrupt resignation)のなかで確実なことは、不確実性だけだろう。