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ハイブリッドなサンゴ礁 Sep 2021

 

The Economist, Sep 8th 2021

 

Science & Technology

Ocean reefs

Hybrid vigour

 

ハイブリッドなサンゴ礁

 

 

画像のサンゴ礁(coral reef)が少し変に見えるのは、それが人工的なもので、地域の生態系を守るために造られたものだからである。それらが立派に育てば、侵食(erosion)や波被害を軽減するのに役立つようになる。さらに、観光客がダイビングを楽しむ名所にもなるだろう。こうしたハイブリッドなサンゴ礁がここ最近増えてきた。そして、ビジネスや軍事などにも利用されはじめている。

 

サンゴ礁は、防波堤(sea wall)のように波をブロックするわけではなく、波が岸に着くまでに減衰させる効果がある。カリフォルニア大学およびパシフィックコースタル・マリンサービスセンターの見積もりによると、天然のサンゴ礁は、アメリカだけでも18億ドル(1960億円)もの洪水被害を防いでいるという。将来的な海水面の上昇や暴風雨の増加を考えれば、さらなる海岸の防御が必要になるだろう。天然のサンゴ礁が成長するには何世紀もかかってしまうが、ハイブリッド版ならば数ヶ月でそれらを作り上げることができる。

 

 

人工的にサンゴ礁をつくるというアイディアは、海洋生物学(marine biology)に興味をもっていた建築家Wolf Hilbertzが考えたものである。1970年代、Hilbertzは海中に沈めた電極(electrode)に電流を流す手法を開発し、海水中の炭酸カルシウム(calcium carbonate)と水酸化マグネシウム(magnesium hydroxide)の生成を促進させた。そして、天然のサンゴと同様の石灰石(limestone)を作り出し、それを天然サンゴが成長するための足場とした。

 

Hilbertzのアイディアは元々、石灰岩を生成するまでだった。海中に構造物が育ち、それらが港湾施設(port facility)のように使われ、次々と建物が陸を目指していくようなイメージだった。コンクリートで何かを作るよりも簡単で安価な方法であった。のちに海洋生物学者のThomas Goreauと仕事をするようになり、バイオロック(Biorock)を作るようになった。それは、サンゴ礁の基礎となる物体を用いるアイディアで、傷んだサンゴの修復を主として目指した。

 

 

1996年、チャリティー団体the Global Coral Reef Allianceは、モルディブ共和国のサンゴの修復のため、バイオロックを用いて6m長の構造物をつくった。ほかにインドネシア、ジャマイカ、メキシコでもサンゴの修復をおこなった。バリ島におけるThe Pemuteran Coral Reef Restoration Project(プムトゥラン・サンゴ復元計画)では、300m長の構造物と何十もの育苗場(nursery)をつくった。それは、バイオロックを核にして、サンゴが自然に伸びていくように設計されたものだった。

 

これらは皆、慈善事業か公共事業である。それでもお金はかかる。イギリス企業CCellの創業者William Batemanは、お金をだしている一人だ。Batemanは防波堤(breakwater)よりもサンゴ礁のほうが良いと思っているし、ましてや養浜(beach nourishment)などはもってのほかだ。養浜とは、砂浜の侵食を防ぐために大量の砂を何度となく運ばなければならず、何十億ドルもの産業になっている。

 

 

CCellがはじめて契約した大仕事は、メキシコのリゾート地Telchac Puerto(テルチャク・プエルト)のサンゴ礁を守るものだった。この夏、CCellの技術者たちは110mの工事をするにあたり、重機を使わなくて済むように、2mごとの軽量な人工サンゴを海岸に敷き詰めた。

 

近隣の砂浜では、防波堤をつくるために何千トンもの岩石が運び込まれている。一方、テルチャク・プエルトでは、新たなサンゴが海中からそうした建築資材をかき集めてくれる。つまり、環境破壊が少なく、労力やコストも抑えられる。Batemanは言う、砂浜が良くなっていることは地元住民も理解しているが、サンゴの有効性が明らかになるには数ヶ月必要だ、と。成功事例を増やすことが、商業的なハイブリッド・サンゴのさらなる需要につながるだろう。

 

 

アメリ防衛省の調査機関であるDarpaは、ハイブリッド・リーフを沿岸防衛の手段とみている。すなわち、国防のための軍事施設としてである。Darpaによる「リーフェンス(Reefence)」プロジェクトの長であるLori Adornatoは言う、ハイブリッド・リーフが自己修復(self-repairing)することでメンテナンスの必要がなくなることが目標です、と。リーフェンスはサンゴをつくり、その効果を発揮するだけでなく、サンゴが健康を保てるように生態環境を強化し、天然サンゴが危機にさらされても生きていけるようにするということだ。

 

サンゴ礁が繁茂できるのは暖かい海だが、冷たい海では牡蠣(oyster)が基底になる、とAdornatoは言う。牡蠣による礁は、古い牡蠣の上に新しい牡蠣が乗って、その重みで融合して形作られる。そうした牡蠣礁はかつての北東アメリカではふんだんに見られたものだが、乱獲や環境破壊によって失われてしまっている。それでも、ハイブリッドサンゴ礁と同じ手法で、牡蠣礁をつくることも可能であり、海を守ることができる。

 

 

サンゴにしろ牡蠣にしろ、ハイブリッド・リーフを守るには、ほかの生物の助けも必要である。Adornatoが言うには、藻(algae)がサンゴの生成を妨げたり、魚がサンゴをかじったりするので、そうしたサンゴの天敵を駆逐するような他の魚が必要となる。そうした有用な生物を引き寄せるには、いくつかの方法があるという。イギリスのエクセター大学の研究では、健康なサンゴの生息する海で録音された音が、味方の魚を引き寄せるという。CCellはそうした音響キュー(acoustic cue)の研究をコーネル大学とともに進めている。

 

おそらく、ハイブリッド・リーフが最も試されるのは、気候変動に耐えられるかどうかだろう。今後、海水温は上昇し、酸性化していくことになるが、いずれもサンゴ礁にダメージを与える環境変化だ。そうした未来を想定して、すでに多種類のサンゴが試験されており、より強健な種を殖やしていこうとしている。

 

 

Darpaは現在、リーフェンスに興味をもった契約者からの提案を検討している。この計画の契約が決まれば、年末までには次の段階にすすむことができる。Adornatoは言う、目標はハイブリッドリーフをより安価に提供することです。設置される場所がどこであれ、自己修復できるサンゴ礁であれば将来的なコストがかからなくなります、と。

 

海水面の上昇する温暖化した世界にあって、そうした防御策はどんどん広まっていきそうである。