英国誌「The Economist」を読む人

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冥土へワクチン Sep 2021

 

The Economist, Sep 11th 2021

 

Asia

Funeral rites

Hell-care providers

 

冥土へワクチン

 

 

Raymond shiehの「冥土のワクチンセット(hell vaccine kit)」には、緑・青・赤の3つの小瓶、そして大きな注射器がはいっている。これらは冥銭(joss paper)と呼ばれる副葬品で、死者への供物として燃やされるものである。3つの小瓶の三色が意味するものは、それぞれファイザーアストラゼネカ、シノバックであり、死後の世界でワクチンが受けられるようにと願ったものだ(この死者はワクチンを受けられずに亡くなった)。

 

過去一ヶ月間、マレーシアでは毎日2万人の新規感染者が報告されている。11歳以上のワクチン接種が半分以上完了しているにもかかわらず、マレーシアのコロナウイルスによる死亡率(death rate)は東南アジアで最悪の数字である。

 

 

「マレーシア人にとって、辛い日々が続いている。ワクチンを受けられずに多くの人々が亡くなっている」とMr Shiehは言う。彼はマレーシア南部のジョホール州で、葬祭の道具を売る店を経営している。コロナの死者が増えるほど、注文は多くなる。これまで300以上の注文が、マレーシアのみならず、シンガポール、台湾、香港からも入っている。商品一つ、23リンギット(600円)である。「なるべく安くしておきたいよ。遺族が心安らかでいられるようにね」と彼は言う。

 

伝統的な中国の宗教(たとえば道教など)では、冥銭や紙でつくった物を燃やすことで、死者の満たされなかった思いを叶えてあげようとする。死者の霊魂は、10の地獄を通り抜けなければ救済されることはないと信じられている。葬式によって、その旅を短くしてあげることができ、供物によって魂の苦しみは和らげられる。こうした儀式の締めくくりが、冥銭(hell money)を燃やすことである。同時に燃やされるのは、死者があの世で必要になるであろう、衣服や住居、アイフォンやフェラーリなどである(すべて紙製)。Mr Shiehは、実物大の紙製アイフォンを、350リンギット(9,200円)で売っている。

 

 

毎年、中元(盂蘭盆会)が8月か9月に行われ、信者たちは祖先および様々な霊に対して敬意を表する。この期間は冥土の門が開かれ、死者が生者を訪れることができるとされている。紙製の供物が燃やされ、空腹の霊のために食事が供えられる。歌台とよばれる中国版オペラでは、霊をなぐさめるための歌や踊りが披露される。たいがいは野外にテントを張って行われ、最前列のシートは霊魂のために空けられ、生者は後ろの席に座って観賞する。しかし、去年はコロナ禍によりこうしたイベントはキャンセルされ、その代わりにオンラインで多くの国々に配信された。

 

道教や仏教における通常の葬式では、遺体を火葬する前夜か数夜、徹夜で死者を弔う。しかし、コロナウイルスによる死者は、即刻火葬に付されるため、遺族に弔意を表することもできない。「きちんと葬式をしてあげなければ、霊は安まらないのではなかろうか」と、Eric Leongは言う。彼はコロナによって父親を失ったばかりだ。

 

故人へワクチンを贈ることは、せめてもの慰めなのかもしれない。