英国誌「The Economist」を読む人

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宇宙旅行 Sep 2021

 

The Economist, Sep 16th 2021

 

Science & Technology

Space Tourism

Lights, camera, lift-off

 

宇宙旅行

 

 

リアリティTVは狭く閉ざされた世界を好む。宇宙旅行がそれだ。いつかはこの時が来ると思っていた。9月16日の未明(グリニッジ標準時)、フロリダのケネディ宇宙センターから、4人の民間宇宙飛行士が飛び立った。宇宙局と協賛企業のユーチューブチャンネルではストリーム配信された。ネットフリックスのドキュメンタリー番組「Countdown: Inspiration4 Mission to Space」では、このイベントを特集中で、東海岸のプライムタイム・ライブストリームで放映された。今後配信されるであろう長編エピソードでも、このときの映像が使われるかもしれない。

 

今回のInspiration4ミッションは、Shift4 Paymentsの創業者Jared Isaacmanによって企画、資金提供された。大富豪の起業家たちが宇宙へいくことが最近のトレンドになっている。Richard Bransonは自身の創業したVirgin Galacticがつくったロケットで高度85kmに達した。Jeff Bezosは彼のBlue Origin社製のロケットNew Shepardで、107kmにまで到達した。

 

 

Mr Isaacmanの旅は、少々異なる。自身の商品を宣伝するのではなく、他者の与えてくれたチャンスを楽しんだのだ。Elon Muskの創業したSpaceXによって。と同時に、テネシー州メンフィスのセントジュード・チルドレンリサーチ病院のために資金を集めた。

 

この旅はさらに野心的な側面がある。Sir RichardやMr Bezosのように、宇宙と定義される上空の曖昧なラインを越えて、数分後に地球へ戻ってくるというものではない。Mr Isaacmanと3人の仲間はSpaceX のFalcon 9によって周回軌道(orbit)へ乗せられると、数時間後に宇宙船Dragon2は高度575kmに到達した。ISS国際宇宙ステーション)より150kmも高い場所である。ネットフリックスが説明するとおり、彼らは半球状の透明カプセル(cupola)から宇宙、そして地球を俯瞰することができた。地球を40周(40回の日の出、40回の日没)した3日後の9月19日、Dragon2は大気圏に再突入し、大西洋に着水した。この3日間、宇宙にあったDragon2は地球の澄んだ夜空にはっきりと見えていた。

 

 

ロケットの発射はどれもそうだが、やはり壮観である。どの発射においても、やるべきことに変わりはない。大西洋上空に描かれる軌道は、NASAの依頼を受けたSpaceXISS国際宇宙ステーション)に向かったものと同じように見える。SpaceXの責務は人類を宇宙空間に送り込むことである。宇宙旅行もその一環ではあるが、より大きな目的がある。

 

類似点といえば、宇宙船もそうである。Inspiration4の使ったカプセル(名前はResilience)は昨年、ISS国際宇宙ステーション)に行ってきたものである。周回軌道に送り込んだロケットFalcon 9も、使用されるのは3回目だ(SpaceXのロケット回収船、Just Read The Instructions号によって発射から9分後に回収された)。SpaceXの先駆的成功の一つが、再利用可能な宇宙機器を開発したことである。おかげで、衛星や宇宙飛行士を送り出すことに後ろめたさがない。ブースターやカプセルを再整備して使用できるというアイディアには、ペンタゴンも納得しているようだ。さらに凄いのは、SpaceXは現在、3つのDragon(宇宙船)を運用していることである。一つは今回のResilienceであり、もう一つは4月にISS国際宇宙ステーション)とドッキングしたEndeavour、さらに、8月末に届く貨物運搬用カプセル(名前はまだない)もある。

 

 

イギリス紙the Guardian の“Countdown”というレビュー記事で、Mr Isaacmanは「きわめて珍しい野獣、本当に人懐っこい大富豪」と評されており、Inspiration4の乗客名簿には「船長にして後援者」と記されている。彼とともに宇宙船に乗り込んだのは、St Jude病院の医師補助Hayley Arceneaux、アリゾナ州テンペのコミュニティカレッジ教授Sian Proctor(パイロット)、航空宇宙の会社Lockheed MartinのエンジニアChris Sembroskiである。

 

この4名は、TVショーがはじまる前に選ばれた。Mr Sembroski はSt Jude病院のチャリティー宝くじに当選した。Dr ProctorはShift4によるコンペティションを勝ち抜いた。こうした要素は、視聴者を引きつけるのに十分だろう(宇宙という新奇さも相まって)。リアリティTVと宇宙探索が、閉ざされた空間のリクエストに応えるということに価値はなく、乗組員たちが対立したり、予期せぬ展開になることをTVプロデューサーは期待している。ミッションの管制官は、そうしたことを望んではいないのだが。

 

 

宇宙飛行士の選抜過程において、争いがつづくよりも、リアルタイムの逆境やお互いの競争心のほうが有意義かもしれない。Axiom Space社は、プライベートな宇宙ステーションの建造を目指しており、NASAとの取り引きの一部としてSpaceXによるISS国際宇宙ステーション)へ向かう一般市民に売却しようとしている。おそらくそれは大富豪の特権となるだろう。しかし昨3月、ディスカバリーチャンネルはWho Wants to be an Astronaut?というリアリティーショーの勝者を、Axiomの乗組員にすると発表した。

 

さらなる可能性があることに疑いはないだろう。日本人の起業家Yusaku MaezawaはSpaceXで月を周回する契約を結んでいる。この冒険は#dearMoonと呼ばれているが、数年以内には実現しそうにない。新たなロケットStarshipをMr Muskの会社がつくっており、より野心的なサービスとなりそうである。実現すれば初めて周回軌道を飛ぶことになるが、正確な狙いはまだはっきりしていない。それでも、リアリティTVのネタとして最高だろう。

 

Mr Isaacmanや他の人々が望むように、宇宙事業にインスパイヤされる人々がでてくるだろう。一方で、批判的な人々がいることも確かだ。大富豪や宝くじの当選者、ゲームの勝者などが行く宇宙旅行は、「宇宙の民主化」と呼べるものではない、と。