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水素の可能性 Oct 2021

 

The Economist, Oct 9th 2021

 

Leaders

Climate change and innovation

Hydrogen’s hope and hype

 

水素の可能性

 

 

1937年のヒンデンブルク号爆発事故(Led ZeppelinⅠのジャケットで有名)以来、水素エネルギーは議論の的である。推進派は、水素こそ車と家に必要なエネルギーを供給する低炭素の救世主だと主張する。水素エネルギーの登場によって、エネルギー界の地図は書き換えられるだろうとまで言う。懐疑派は、1970年代以来の水素への投資は、水素ガスの欠陥が露呈されることにより泣く泣く終了するだろうと言う。実際のところ、われわれの答えはその中間にある。水素の技術により温暖化ガスの排出は2050年までに現在より1割ほど縮小できるだろう。これは望みうる最高の結果ではないかもしれないが、エネルギーの取引規模を考え合わせれば、贅沢すぎるくらいであろう。

 

水素は石油や石炭のような主要なエネルギーとはならない。むしろ電気のようにエネルギーの運び手として、またはバッテリーのようにエネルギーの貯蔵場として用いるのが最善である。水素は水を分解してつくることができるので、再生可能エネルギー原子力と同じく、低炭素のエネルギー源になりえる。その製造方法は今のところ非効率なうえ高くつくが、コストは下がりつつある。水素は化石燃料からつくりだすこともできる。しかし、その過程で大量の汚染物質が放出されてしまうので、カーボンを固定分離する技術が必修となる。水素はほかの燃料に比べて燃えやすく、かさばる。熱力学の法則によれば、主要エネルギーを水素に、そして水素を使用可能なエネルギーに変換する際には、必ず不要物も発生してしまう。

 

水素ガスは厄介な歴史をもつ。1970年代のオイルショックによって水素エネルギーの研究は注目を浴びたが、たいした成果は得られなかった。1980年代、ソ連は水素エネルギーを用いた旅客機を飛ばしたが、その初飛行は21分で終わってしまった。

 

 

今日の気候変動によって、新たな熱狂の波がおこりはじめている。350以上の巨大プロジェクトが進行中で、累積投資額は2030年には5,000億ドル(約55兆円)に達する見込みだ。モルガン・スタンレーは2050年までに水素の年間セールス額が6,000億ドル(約66兆円)になるだろうと見積もっている。現在のそれは1,500億ドル(約16兆円)で、主に肥料製造を含む産業用途によるものである。インドでは近々水素のオークションが開催される予定で、チリでは国有地での製造に入札されている。イギリス、フランス、ドイツ、日本、韓国など多くの国々には、国家的な水素計画がある。

 

こうした熱狂にあって、水素を用いてできることとできないことをハッキリさせておこう。日本と韓国の企業は水素エネルギーの車を販売しようとしている。しかし、電気自動車のほうが2倍もエネルギー効率が高い。ヨーロッパの国のなかには、家庭に水素パイプを配管しようとしている。しかし、ヒートポンプのほうが効率的であり、パイプの種類によっては水素ガスを安全に供給できないかもしれない。エネルギー関連の大企業や産油国のなかには天然ガスを用いて水素を製造しようとしている。しかし、その際に発生するカーボンを適切に処理しなければ、排出ガスの削減に寄与することはない。

 

水素にしかできないこともある。複雑なケミカル製造や、電気を使えない高温環境などだ。鉄鋼企業は排出ガスの8%を吐き出している。それは風力では代替できないコークス炭と溶鉱炉によるものだが、水素ならばグリーンができる可能性がある。ダイレクト・リダクションという工程であり、スウェーデンの合弁企業Hybritは8月、この製法によるクリーンな鉄鋼を世界で初めて販売をはじめた。

 

 

産業輸送においても活躍の場がある。たとえばバッテリーではまかないきれない長旅などである。水素トラックは電気自動車よりも燃料補充が速やかであり、積荷スペースも広くとれるうえに、より長い距離を走れる。アメリカの企業Cumminsは水素に賭けている。水素による燃料は、航空機や船舶などにも有用だとされている。フランス企業Alstomは水素を動力源とした機関車をヨーロッパの線路に走らせている。

 

さらに水素は他のエネルギーを貯蔵して輸送することを可能にする。再生可能エネルギーは無風や曇天には無力であるが、水素の形に変換しておけば安価な長期保存が可能であり、必要に応じて電力に戻すことができる。ユタ州発電所では地下施設に水素ガスを貯蔵し、カリフォルニア州に供給している。太陽光や風力に恵まれた地域でも、電力の輸送手段がない場所がある。そんな場所でもエネルギーを水素の形にすれば輸出することができる。チリやモロッコなどは世界中に「太陽」を船出させようとしている。

 

水素には大金が流れ込んでいるので、水素の用途はさらに広がるだろう。主に民間企業に仕事はまかされているが、政府サイドにもできることがある。一つは偽グリーンを取り締まることだ。二酸化炭素を回収せずに汚染燃料から水素を製造しても、環境にとって良いことはない。水素の製造における全行程の排出ガスを明らかにするために、新たなルールが必要だ。国境を越えた取り引きにも対応するため、国際的な合意も必要となるだろう。

 

政府は、水素に関わる様々な業態を取りまとめる中心拠点をつくるべきだ。そうすることによって、似たような施設の重複を避けることができる。すでにイギリスのハンバーサイド、オランダのロッテルダムなどでは、そうした拠点ができつつある。水素の利用には限界もあるが、よりクリーンなエネルギーとして重要な役割を担わなければならない。