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3Dプリンターでつくる家 Aug 2021

 

The Economist, Aug 18th 2021

 

Science & technology

Three-dimensional printing and construction

 

3Dプリンタでつくる家

 

 

新築の戸建てが、異常なスピードで売れていく。ここ2週間で82棟、さらに1,000棟以上が順番待ち(the waiting list)の状態だ。

 

従来のレンガとモルタル造り(bricks-and-mortar dwelling)では、1棟たてるのに数週間はかかるだろう。ところが、Palari Homes and Mighty Buildings の手にかかれば、24時間もあれば十分だ。というのも、あらかじめ工場で構成された部材(components)を組み上げるだけだからだ。しかも、それらの部材は「プリント」されたものである。

 

 

1980年代にあらわれた3Dプリンターは、今まさに活況をていしている(gathering steam)インプラントから飛行機の部品まで、幅広く活用されている。

造形されるものが何であれ、その造り方に変わりはない。一層一層、上へ上へと積み重ねながら成形されていく。この製法により、今まで造形が不可能とされてきた形も形成することができるようになった。材料の無駄もほとんどない。

 

Palari Homes and Mighty Buildings の使う3Dプリンターは、人工関節や飛行機の部品をつくるものよりも大きく、プリントに使う原料の目は粗い。それでも造り方は同じだ。プリンタのノズルから押し出された原料は、UVライトの照射によって硬化する。この方法ならば、軒や天井なども支持材(supporting moulds)なしで成形することができる。こうして造られた部材は、建築現場の職人たちによって組み上げられていく。

 

3Dプリンターの凄さは、その速さだけにあるのではない。よりコストを抑えた(lower cost)、しかも環境にも優しい家(environmentally friendly)をつくることができる。

 

この3Dプリンターのもつ強みは、現在われわれが直面している2つの問題に解決策をあたえることになる。その2つとは、世界的な住宅不足(a shortage of housing)と気候温暖化(climate change)である。世界人口のおよそ16億人、つまり全人口の20%以上の人々がまともな家(adequate accommodation)に住めていない。また、温暖化ガス(二酸化炭素)に関しては、人為的な排出の11%が建築関連のものであり、排出を削減する糸口はまだ見つかっていない。

 

3Dプリンターによる建築の自動化により、多大なコストの削減がみこめる。Mighty Buildings によれば、建築の80%をコンピューターに任せることによって、たった5%の人員で足りてしまう。しかも生産スピードは倍である。

 

これは建築業界にとってまたとない朗報だろう。ずっと生産性(productivity)があがらずに苦しんできたのだから。McKinsey によれば、建築業界の生産性は他の産業に比べて、わずか3分の1程度にしか改善されてこなかったという。

 

労働力という点においても、熟練労働者(skilled labour)不足に泣かされてきた。アメリカに関していえば、ここ10年以内に熟練工の40%が定年により現場を去ることになる。

 

環境に優しい理由の一つは、まず重量物(heavy stuff)の移動が少なくて済むということだ。Palari Homes によれば、工場でまとめて部品をつくってしまうので、トラックの移動回数が少ない。その結果、家一軒あたりの二酸化炭素の排出量を2トン減らすことができる。

 

Palari Homes and Mighty Buildings だけが奮闘しているわけではない。同様のプロジェクトがいたるところで始まっており、その建築には主にコンクリートが用いられている。

 

14Trees というのは、Holcim(世界最大のセメントメーカー)とCDC Group(イギリス政府の開発金融機関)の合弁企業(a joint venture)であるが、彼らはマラウィで仕事をしている。一軒の家がわずか12時間で完成し、そのコストは1万ドル(110万円)以下である。早い、安いにくわえ、環境にも優しい。Holcim に言わせれば、コンクリートの量をあらかじめ計算できるので、無駄がでない。二酸化炭素の排出量は、マラウィ伝統の焼きレンガ造りと比べ、その30%ほどで済んでしまう。

 

 

メキシコでは、New Story というホームレスのための慈善団体が、icon(3Dプリント会社)と協力して、床面積46平方メートルの家を10軒建てた。建築に要した時間は、一軒あたり累計24時間(数日かかる)であり、仕上げは別のチャリティー団体Échale が請け負った。

 

ヨーロッパでも、大陸初の3Dプリントホームが、オランダのエイントホーフェン(Eindhoven)に建てられ、7月30日、デジタルキーが借り主に手渡された。

 

 

その3Dプリントハウスは、ベッドルーム2つの住宅で、エイントホーフェンの自治体によるプロジェクトである。フランスの建築会社Saint-Gobain が、コンクリートモルタルを供給し、Van Wijnen社 が建築した。設計を請け負ったのは、Witteveen+Bos社である。借り主は、そのオーナーでもあるVesteda氏だ。

 

 

しかしながら、セメントづくりは環境に優しいとはいえない。石灰岩(limestone)に含まれる炭酸カルシウム(calcium carbonate)が、酸化カルシウム(calcium oxide)二酸化炭素に変化する。人為的に排出される温暖化ガスのおよそ8%がこうしたガスである。そのため、Sarbajit Banerjee氏率いるテキサスA&M大学のグループは、その解決法を模索している。

 

Banerjee博士は、カナダ・アルバータ州の道路工事の際に、新しい建築材料のヒントを得た。そこは僻地(remote parts)であったため、その場にある材料を使うしかなかった。博士は地面の土(local soil)と木の繊維(wood fibres)を混ぜ合わせて、道路の素材とした。それらを、液状にした珪酸塩(silicate)によって硬化させ、セメントの代わりに用いたのである。

 

家づくりの場合には、建築する場所の表土をはいで、その下の粘土(clay)と岩石(rocks)を採取する。それらを粉々にして珪酸塩と混ぜ合わせて建築材料とする。ノズルから押し出されたその材料は、すぐに硬化して、建築に耐えられる強度になる。

 

この方法は、環境にとって一石二鳥である。セメントもいらなければ、建築現場に砂や骨材を輸送する必要もないからだ。

 

 

3Dプリントホームには、いくつかの障害がある。まずは建築法を住居ごとに調整する必要がある。この問題解決のために、アメリカ最大の認証機関ULは、Mighty Buildings と協力して、3Dプリントホーム用の新たな基準をつくった。そのガイドラインには、国際的な住宅法も新たに作成され、アメリカ全州に採用された。これは駆け出しの3Dホームにとって嬉しい後押しとなったが、他国政府は独自の基準をつくろうとしている。3Dプリントホームには品質面や仕上げ方など、解決すべき問題が残されているからだ。

 

とはいえ、方向性に間違いはない。昨年、ドイツで3Dプリンターによるアパートの建築が認可された。3階建ての建物で、デンマークのCobod社のプリントした部品を、ドイツの建築会社Peri が組み上げた。5世帯の暮らせる大きさだ。

 

中東やアジアにも、この新技術は広まりつつある。

 

ドバイ政府は、2030年までに新たな建築の4分の1を3Dプリンターで作成しようとしている。首都郊外の一地区を3Dプリント会社およびその倉庫として提供しようとも考えている。

 

サウジアラビアは、今後10年ほどかけて、150万軒を3Dプリンターで建てようとしている。インドでも、住宅不足解消のために3Dプリンターの導入を検討している。

 

 

3Dプリンターによる実績が重なれば、住宅以外、たとえば倉庫やオフィス、その他の商業施設にも応用されていくだろう。

 

いや、地球だけにとどまらない。アメリカのNASAは、3Dプリンターをつかって火星や月に発着台や道路、住居などを建設できるかどうか模索している。しかし、火星にも月にも土はない。あるのは、レゴリス(regolith)と呼ばれる砕けた岩(shattered rock)だけだ。

 

Banerjee博士は言う。

「3Dプリンターの究極は、火星や月に建造物をつくることだ。とはいえ、ロケットでセメントを運び込むわけにはいかない。現場にあるレゴリス(regolith)を使うほかないだろう」