英国誌「The Economist」を読む人

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気候変動と金融システム Sep 2021

 

The Economist, Sep 4th 2021

 

Finance & Economics

Climate risk

Hot take

 

気候変動と金融システム

 

 

規制当局は最近、気候変動(climate change)が金融システムの安定に脅威をもたらすだろうと警告しはじめている。7月、ECB(ヨーロッパ中央銀行)は「気候変動に対する行動プラン」を取りまとめた。前イングランド銀行総裁Mark Carneyは、2015年から気候変動による金融リスクを警戒している。アメリカでは、商品先物取引委員会が昨年、気候変動がアメリカの金融システムの安定にとって最大のリスクとなる、と題した200ページにおよぶレポートを出版した。アメリカの急進的民主党議員は、FRB(米連邦準備制度)のJerome Powellが気候リスクに関して何もしていないとして、バイデン大統領に再指名しないよう要求した。

 

いったい、気候リスクはどれほどの損害になりうるのだろうか? 中央銀行によるストレステストや、企業の情報開示により、少しずつ明らかになりはじめている。全体的にいえば、金融システムに打撃をあたえるような証拠はそれほど多くない。各国政府が排出削減に対して、たとえばカーボン税やエネルギー効率の基準など、どれくらい明確な方向性を示せるかにかかっている。銀行には十分な準備期間が必要だ。

 

 

気候変動が金融システムに影響をおよぼすとしたら、3通りの方法が考えられる。まずは、規制当局のいう「経済移行リスク(transition risk)」である。政府による気候に関する政策が厳しいほどに、そのリスクは高まるだろう。資本が、汚染度の高いセクターからクリーンなセクターへと移動し、経済は再編を迫られる。汚染の激しい産業は、借入や社債がデフォルトし、株価は暴落するだろう。

 

2番目に、金融系企業が気温上昇の危険にさらされるだろう。自然災害(natural disaster)と気候変動関係は複雑であるが、規制団体である金融安定化理事会によれば、1980年代における気候関連の災害による経済的損失は2,140億ドル(約23兆5,000億円)であったが、2010年代では1兆6,200億ドル(約178兆円)に上っている。全世界のGDPのおよそ3倍である。こうした損失はたいがい保険金の支払いによって生じている(まわり回って消費者にツケが回ってくるのだが)。

 

 

金融システムは、気候変動に起因する幅広い経済的ダメージをこうむる恐れがある(たとえば、資産価格の乱高下など)。この3番目の影響の計量化はむずかしい。気候変動リスク等に係る金融当局ネットワークによれば、3℃の気温上昇(産業革命以前比)は世界のGDP2~25%分の金融損失に相当するという。もし気候変動が紛争や、大量移民の引き金にもなりうることを考えれば、この悲惨な見積もりですら楽観的すぎるのかもしれない。

 

おそらく、金融システムにとっての最悪のシナリオは、経済移行リスク(transition risk)が突然具現化し、経済打撃が広まってしまうことである。2015年、Mr Carneyはミンスキー・モーメントMinsky moment)について言及した。それは経済学者Hyman Minskyの名をとったもので、将来の気候に関する政策に対して投資家が早まって資産を投げ売りし、リスクが拡大してしまうことだ。それは借り入れコストの上昇にも波及する恐れがある。

 

 

経済移行リスクに関わる金融資産は、たいへん巨額になりうる。気候変動のシンクタンクCarbon Trackerによれば、世界の株式18兆ドル、債権8兆ドル、非上場債務30兆ドルあまりがCO2排出の多いセクターに属するという。ちなみに、2007年に世界金融危機の引き金となった債務担保証券(CDOs, collateralised debt obligations)の価値は1兆ドルであった。しかし、損失の打撃は、誰がその資産を所有しているのかで異なる。規制当局の懸念は、システム的に重要である銀行や保険などにある。

 

中央銀行によって事前に行われたストレステストによれば、銀行や保険に対する気候変動の影響は、対処可能な範囲におさまった。フランス中央銀行は4月、ストレステストの結果、フランスの銀行の経済移行リスクは低いと発表した。保険金の請求に関しては、干魃や洪水の度合いによって、ある地域では5倍までに跳ね上がった。

 

 

最新のレポートにおいて、ECB(ヨーロッパ中央銀行)と欧州システミックリスク理事会は同じような結果を報告している。ユーロ圏における高排出セクターに関わる銀行と保険のリスクは限定的である、と。しかしながら、気温上昇が3.5℃(産業革命以前比)とするホットハウスワールド・シナリオにおける損失は、より深刻なものにならざるをえない。両ケースにおいて、銀行社債の損失は、ユーロ圏の借入に関する定期ストレステストにおけるレベル(十分に資金が調達されている状態)の半分程度である。

 

こうした見解は、オランダ中央銀行(DNB)においても同様で、経済移行リスクによるオランダの金融企業への衝撃は、対処可能(manageable)なレベルにとどまっている。最悪のシナリオでは、再生可能エネルギーの進展により気候に関する政策が突然変更されるなどした際の、企業と景気後退へのダブルショックが想定される。そのとき、銀行の自己資本比率(capital ratio)は4%低下することになる。大きな数字ではあるが、欧州銀行監督局における今年の定期ストレステストの数字より小さい。

 

 

こうしたストレステストは現実的にはどうなのであろうか。Carbon TrackerのMark Campanaleはうなずかない。多くの企業は古いモデルを用いており、もし監査がより低い原油価格で企業の資産をテストすれば、資産は目減りすることになる。そうなると、当局の危惧する投資家心理の崩壊にもつながりうる。それに、ミンスキー危機が全開になった想定なども、テストされていない。

 

別の見方をすれば、なお消極的である。DNB(オランダ中央銀行)やBDF(フランス中央銀行)の5年というタイムスパンは短すぎる(実際には企業のバランスシートは現在の評価である)。気候変動の進行具合に応じて、その影響を抑えるように銀行や保険のビジネスモデルは変更されていくのが普通であろう。BDF(フランス中央銀行)は2度目のストレステストにおいて、30年という長期のビジネスモデルを検討している。驚くなかれ、化石燃料セクターの貸し出しは急激に減少し、保険はプレミア価格が上昇することになった。

 

ストレステストによって、企業に対応する時間が与えられたことは重要である。さらに、政府の政策が予想されうる道筋(predictable path)をとることも大切である。BDF(フランス中央銀行)によると貸倒損失(credit loss)が最大になるのは、政策対応が遅れて突然進路が変わるときである。おそらく、気候変動が金融の安定化をゆるがす一番ありそうなシナリオは、政府がもたもたしているうちに、思い切った行動をとるしかなくなることであろう。