英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

新たな食へ Oct 2021

 

The Economist, Oct 2nd 2021

 

Leaders

The future of food

Working up an appetite

 

新たな食へ

 

 

夕食を何にするか? その問題は常につきまとう。人は食によって惑星とつながっている。世界の居住可能地域の半分は農業によって使用されており、排出ガスの30%以上は農業によるものだ。炭素と窒素の地球的循環を利用して、食料は生産されている。空気中の窒素と酸素を、工場で天然ガスと混ぜ合わせることで農業用の肥料がつくられる。また、二酸化炭素は食品加工に利用される。北イングランドティーズサイドにある、そうした工場の一つが天然ガス価格の高騰をうけて閉鎖の危機に直面している。政府は食料供給網の崩壊を防ぐためにも、見過ごすわけにはいかない。

 

世界的にみると、食料品の価格は過去15ヶ月のうち13ヶ月で値上がりしており、2011年の最高値に迫っている。それは天候不順やコロナウイルス、そして2018年に中国で大発生した豚インフルエンザのあおりを受けてのことである。長い目で見れば、食料生産は気候変動、人口増加、肉食中心の食事などによって脅かされていく。

 

 

幸いにも、科学の進歩が新たな食糧生産の道を開こうとしている。工場内の農場は、より人道的に、より低い環境負荷で大量の食料を生産できる。食肉を育てるバイオリアクターや、室内の縦型ファーム、魚の新しい養殖方法などなど。そうした技術によって、将来を大きく変えることができる。たとえば、農地の4分の3は畜産によって利用されているが、植物由来のプロテインから肉をつくることもできれば、細胞から培養することも可能である。そうすることによって、土地や水を節約でき、排出ガスを減らすこともできる。

 

新たな方法で食料がつくれるからといって、人々が喜んで口にするとは限らない。食には文化的な背景があり、体内に吸収されるという事実がある。保守または懐疑論において、新たな食品や、その生産方法にはお決まりの反応が帰ってくる。17世紀のヨーロッパでは、ジャガイモと呼ばれる新しい食べ物を多くの人々が嫌悪した。聖書に載っていなかったからだ(ハンセン病の原因になるという噂もあった)。今日のヨーロッパの国々でも、遺伝子組み換え食品の生産や販売が禁止されている(世界中で生産され、食されているにもかかわらず)。また、昆虫を喜んで食べる国がたくさんあるというのに、西洋の人々には毛嫌いされている(ちなみに、聖書にはバッタ食が認められている)。

 

 

新たな食が避けられる一方で、伝統的な食や農法は重んじられる。カリフォルニアでは、おしゃれなレストランがトスカーナ地方の質素な郷土食を提供している。多くの西洋人は有機農法の食料品に喜んでお金をだす。有機農法が20世紀以前の歴史ある農法であり、化学薬品を使用していないという理由から(すべてのものは化学的なのだが)。

 

一般的な伝統食とされるものも、じつは思ったより歴史が浅いことがある。16世紀の「コロンブス交換」において、アメリカ大陸の食べ物が世界中に広まった。トマトとポレンタ(トウモロコシの粉料理)はイタリア料理に欠かせないが、その起源はアメリカにあり、ローマやダンテの時代には存在しなかった。ジャガイモは、フレンチフライという調理法によって、広くヨーロッパに受け入れられた。チリペッパーなしのアジア料理も想像しにくいが、これもアメリカのものだった。アラビアのコーヒーも、中国の紅茶も、17世紀以前のヨーロッパにはなかったのである。

 

現在示されている新しい食品と加工によって、美味かつ持続可能な新しい伝統が生まれる可能性がある。西洋の消費者にコオロギを食えとまでは言わないが、植物由来のバーガーや、3Dプリントされた肉、そして人工的に培養されたマグロを試してみるべきだ。ヨーロッパやアメリカの規制当局は、培養肉の承認プロセスを簡素化し、遺伝子組み換え食品に対しても聞く耳をもったほうがよい(イギリスは今週にもそうするだろう)。動物の飼料としての昆虫食にも早く許可を与えなければならない(人間用の昆虫食にも)。夕食に何を食べるのか、消費者と当局の双方が大胆に想像できるようになれば、食のシステムは大きく変わるだろう。

 

 

サッカーW杯を2年に一度に Sep 2021

 

The Economist, Sep 30th 2021

 

The Economist explains

Why does FIFA want to hold the World Cup every two years?

 

サッカーW杯を2年に一度に

 

 

サッカーの国際試合は予定が詰まりすぎており、選手らは疲れ切っている。Pedri ことPedro Gonzȧlez Lópezは、18歳のエリート選手としての最初のシーズン、バルセロナとスペインで64試合をプレイした。平均すると6日に1試合である。オリンピックの決勝を戦った、そのわずか8日後、バルセロナでの新たなシーズン、最初のゲームがはじまった。過労を危惧したクラブは8月、彼に休暇を与えた。

 

FIFA国際サッカー連盟)とFIFPRO国際プロサッカー選手会)はともに、試合が多すぎると思っている。FIFAの会長Gianni Infantinoと国際サッカー開発部門のチーフArsène Wengerは、試合日程の組み直しをミッションとしている。その第一歩は、じつに奇妙なものだ。彼らはFIFAの目玉、ワールドカップを4年に一度から、2年に一度にするという。そんなことをしたら、試合が減るどころか、増えるのではなかろうか。さらに、2026年のトーナメントは32チームから48チームにするという。その真意は何なのか、ワールドカップは2年ごとになるのだろうか?

 

 

Mr InfantinoとMr Wengerは、この変更によって、スポーツはさらに発展すると言う。より多くの収入を得て、サッカーをする小さな国々に分け与えることができるからだ。アフリカサッカー連盟と南アジアの4つの連盟は賛成している。このことは驚くにあたらない。サッカー小国の各国連盟は、FIFAからの資金に頼りきりであり、そのFIFAの主たる収入源はワールドカップである。2018年のロシア大会では、54億ドル(約6,000億円)の収入が放映権やライセンス料などによってもたらされている。この額は、2015~2018年におけるFIFAの収入の83%を占める。

 

こうした提案は、サッカーの中心地たるヨーロッパと南アメリカからの受けがよくない。UEFA欧州サッカー連盟)とCONMEBOL南米サッカー連盟)による権威あるトーナメント(ヨーロッパチャンピオンシップとコパアメリカ)が、FIFAが追加でワールドカップをやろうとしている年に重なっている。この両大会はワールドカップ以外の年に移せるかも知れない。だが、選手らはまともな夏休みをとれなくなってしまう。FIFPRO国際プロサッカー選手会)は神経質になっている。今の状態でさえ、推奨されている5週間のオフシーズン休暇をとれている選手はほんの一握りしかいないのだ。UEFA欧州サッカー連盟)は2年ごとのワールドカップには選手を出さないと脅しをかけている。有名選手なしの大会では、その魅力は薄れてしまうだろう。

 

 

Mr Wengerはワールドカップを2年毎に開催できるかどうかの調査を開始した。しかし、その結果が公表される前に、その可能性が示唆された。FIFAのプレスリリースによると、サッカーファンはワールドカップをもっとやって欲しいと望んでいることがわかった。30%が2年に一度を望み、4年ごとは45%だった(毎年が11%、3年ごとは14%)。FIFAは9月30日、関係団体をオンライン議論の場に招いた。しかし、現在のところ議論不足のため、既成事実の枠をでることができていない。

 

Mr Wengerによる提案には、いくつか素晴らしいアイディアが隠されている。彼はFIFPROのいう5週間の強制休暇を確実なものにしたいと思っている。そしてまた、各国リーグの合間に行われている国際試合を、いまほど頻繁にやりたくないとも思っている。しかし、だからといってワールドカップを2年ごとにやる必要はない。大会の権威を保持するためには、あまり頻繁にやらないほうがよい。より喫緊の課題は、Pedriのような選手の可能性をさらに伸ばすことである。試合日程がその妨げになるのではなく、より助けになるように。

 

 

冴えない総裁選 Oct 2021

 

The Economist, Oct 2nd 2021

 

Leaders

Japanese politics

Uninspired

 

冴えない総裁選

 

 

「最悪のシナリオは避けられた」。これは、9月29日に行われた選挙において、岸田文雄自民党総裁に選ばれたことに対する、ツイッターで話題になったハシュタグの一つだ。右派にとっての最悪は河野太郎であった。独立独歩の彼は国民に受けが良いので、第一回目の投票で過半数を獲得する可能性があった。しかし、自民党にとってはリベラルすぎた(党名に自由を冠するものの、実際は保守的である)。また、リベラル派にとっての最悪は、国粋主義の煽動者、高市早苗であった。

 

岸田氏の勝利を決定づけたのは、その当たり障りのなさであった。現状維持を愛する自民党らしい選択である。岸田氏はボートを揺らすこともなければ、波風を起こすこともない。

 

 

現状維持は、総裁選において最も重視されるポイントであった。昨年、健康不安を理由に辞任した安倍晋三氏しかり、退陣を表明した菅義偉氏しかり、前任者らは一様に安全策に終始している。しかし、菅首相の冴えないコロナ対策に、国民は反感を高めた。このまま11月の衆院選にのぞめば、屈辱的な敗北が待っていたかもしれない。だが、9月3日に辞意を表明し、少し若い岸田氏の登場となった。それでも、衆院選は苦戦するだろう。しかし、大敗だけは避けられるかもしれない。自民党にとってはそれで十分だ。

 

そうではないだろう。日本は民主主義にとって最悪の病である、ポピュリズムと極端な党派争いには冒されていない。しかし、与党が談合でリーダーを選ぶようになったら、その症状が現れはじめているといってよい。なぜなら、野党は頼りなく、自民党が次の選挙で政権を失う可能性はほとんどないからである。そのため、自民党内での争いが、そのまま国政選挙の代わりとなってしまう。総裁選の決選投票においては、数百の現職国会議員がほぼ党派別に投票し、一般党員は置き去りにされてしまった。国政選挙の投票率は、2009年の69%から、2017年には54%に落ち込んでいる。岸田氏を当選させた投票方式は、国民の幻滅を深めただけだった。

 

 

誰が日本を率いるのか、それが問題だ。日本は1億2,600万人を擁する、世界第3位の経済大国である。G7およびQUAD(四カ国戦略対話、アメリカ・オーストラリア・インド・日本)のメンバーで、CPTTP(包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定、中国・台湾も参加)では議長役を務め、アメリカの代わりに自由貿易を支持している。しかしながら、強力な首相なくして、国際舞台におけるリーダーシップを発揮するのは極めて困難である。

 

今週の総裁選は、日本の未来にとっては悪い兆候だ。日本は安定した平和のなかで繁栄している。しかし、ほかの先進民主国に比べて高齢化が進行しており、労働力は縮小している。年金福祉のコストはかさむばかりだ。日本の新しいリーダーは大胆なアイディアをもって、こうした課題に取り組んでいかなければならない(たとえば、女性に優しい職場をつくって、生産性を向上させるなど)。さらに、そうしたアイディアを国民に納得させるだけのカリスマ性も必要である。菅首相の2つの政策に対しては厳しい選択を迫られるだろう。一つは、日本の古びた官僚制度を刷新すること、もう一つは、2050年までに排出量ゼロを成し遂げる現実的なプランを練ることである。すべてを成すには、相当な胆力が要求される。しかしながら、自民党の各派閥になびく、打算的な岸田氏に、それがあるとは思えない。

 

人口動態と社会変化のペースを考えれば、日本政府にもたついている暇はない。岸田氏は政権の座についた途端に、厳しい現実にさらされるであろう。名もなき首相連中の仲間入りをする可能性も高い。それが今回の総裁選の最悪の結果だろう。日本はもっと上を目指せるはずなのに。

 

 

チリのサーモン Sep 2021

 

 

The Economist, Sep 23rd 2021

 

The Americas

Salmon farming

Fishing for compliments

 

チリのサーモン

 

 

チリのサッカー選手Alexis Sánchezは、2015年のCopa América勝戦において、14回の優勝を誇るアルゼンチン相手に、決定的なPKを決めた。チリにとって100年ぶりとなる優勝であった。チリの担当官らは、彼を輸出の宣伝塔とするべく、6月にはじまる政府機関ProChileによるキャンペーンの顔役に指名した。企業集団SalmonChileの長Arturo Clémentは、チリが持続可能な海産物(sustainable fish)による世界的な輸出国となることを望んでいる。

 

魚の養殖により海への負荷を減らしつつ、安価な魚プロテインを提供できる。しかし、それほど環境に優しくないと言う者もいる。なぜなら、肉食魚であるサケやマスには、野生の魚がエサとして与えられているからである。過去20年前に比べて、世界中の漁業は持続可能な方向へ向かってきている。たとえば、サケには植物由来のエサを与えたり、抗生物質の使用を控えたりしている。

 

 

チリの漁業には、やるべきことがまだまだある。バクテリアを殺す抗生物質を、チリではサケ1トンあたり500g使用しているが、ノルウェーではほとんど使っていない。さらにチリでは排水中の栄養素の割合が高く、ヨーロッパ、オーストラリア、アメリカの約15倍である。2016年には海水温の上昇によって、2度も藻が大発生しており、甲殻類や養殖サケが何百万も死んでいる。最初に藻が大発生した際に、死んだ魚4,500トンを海に投棄したことが原因ではないかと言われている。その見解を政府は否定しているが、独立した調査部会はその可能性を否定していない。

 

チリの環境基準は、独裁者General Augusto Pinochetの時代から変わっていない。軍の政府は銅以外の輸出産業を求めたが、サケの養殖では心細かった。しかし今やサケが第2の輸出品目になっている。この10年間、漁業は潤っていたが、環境負荷を減らす努力は怠っていた、とチリ大学のBeatriz Bustosは言う。

 

 

生産者は変わりはじめている。2017~2019年のあいだに、抗生物質の使用量は3分の1に減った。チリの憲法制定議会155名のうちの半数以上が、環境保護を新憲法に書き加えることに賛成した。それは、環境政策を求める声の高まりを受けてのことだった。

 

漁業関係者は、従来の方法から脱却しなければならない。さもなければ存続の危機にさらされるであろう。

 

 

 

固形電池 Sep 2021

 

The Economist, Sep 23rd 2021

 

Business

Technology in Japan

Do me a solid

 

固形電池

 

 

日本の化学者、吉野彰氏は1980年代にポータブル機器用にバッテリーの研究をすすめていた。そして、リチウムイオン電池は初の商用化に至り、ノーベル賞の受賞につながった。現在、リチウムイオン電池スマートフォンから電気自動車まで、あらゆるシーンで活用されている。吉野氏の業績もあって、リチウムイオン業界では日本企業が強みをもっていた。だが、その優位性はいまや失われてしまった。中国のバッテリー企業CATLや韓国のLGなどが、電気自動車のバッテリーにおいて日本のパナソニックを上回っている。他企業もまた、素材や部品などの生産において追いついてきている。

 

日本のバッテリーメーカーは、業界内で然るべき地位を取り戻したいと考えている。そのためには、固体電池に賭けるほかない。充電池の仕組みは、充電と放電の際に電解質の中の陽極と陰極をリチウムイオンが行ったり来たりするわけだが、固体電池ではその電解質に、液体ではなく固体が用いられている。固体の電解質のほうが、安定的かつパワフルである。急速充電においても、おおげさな冷却装備の必要がない。電気自動車に固形電池を使えば車体を軽くできる分、走行距離も伸びる。

 

 

日本はバッテリー技術の特許を、他国よりも多く申請している(2番手の韓国より2倍も多い)。2014~2018年の固体電池に関する特許の50%以上を日本企業および発明家が占めている(数はさらに増えている)。日本政府も研究に対して資金拠出を惜しまない(もちろん吉野氏率いる研究所にも)。日本には工業系、化学系の企業が多数あり、新技術を市場に送り込むため、原材料の供給を加速させている。

 

村田製作所2017年、ソニーのバッテリー部門を買収した。そして今秋にも小型の固形電池の大量生産を開始しようとしている。社長の中島規巨(なかじま・のりお)氏は「ウェアラブル(身体装着タイプ)には大きな可能性があります」と言う。固形バッテリーならば熱くなったり燃え上がったりはしない(ペースメーカーなどに用いられている)。トヨタは今月、固形電池を含む次世代型カーバッテリーに、2030年まで135億ドル(約15,000億円)を投資すると発表している。ホンダと日産もまた、こうした技術に着目している。

 

 

固形バッテリーの生産が容易ならば当然、メーカーも大量生産できるのだろうが、そうではない。その素材が水分を嫌うため、工場内を極度に乾燥させておかなければならない。三井金属は固形電解質のテストを繰り返したが、そのプロジェクトに関わったTakahashi Tsukasaは「実現は極めて難しい」と語る。トヨタ2020年半ばまでに生産を開始したいと考えているが、技術主任のMaeda Masahikoは「いまだ楽観はゆるされない」と言っている。

 

たとえ然るべき製造技術を手にしたとしても、日本企業がこの分野を独占できるわけではない。それはリチウムイオン電池のときと同じである。世界の巨大カーメーカー(フォード、ヒュンダイフォルクスワーゲンなど)も固形バッテリーカーの開発に着手しており、自前でバッテリーを造ろうとしている。フォルクスワーゲンアメリカの固形バッテリー企業QuantumScapeビル・ゲイツに支援をうけているスタートアップ)と手を組んだ。イギリスでは先月、化学企業Johnson Mattheyとオックスフォード大学が提携して、技術開発をはじめている。

 

なんともガチガチな戦いになりそうだ。

 

 

自民党、4人の候補 Sep 2021

 

The Economist, Sep 23rd 2021

 

Asia

Democracy in Japan

Going round in circles

 

自民党、4人の候補

 

 

自民党という巨大なテントの、それぞれ異なるコーナーから4人の候補者が出そろった。高市早苗は女性初の総理大臣を狙う国家主義者だが、夫婦別姓には反対している。河野太郎アメリカで教育を受けた政治家ファミリーの御曹司で、同性婚再生可能エネルギーを支持している。岸田文雄は広島出身の生え抜きで、資本主義の新たな形を模索している。野田聖子は障害をもった息子をもち、社会的弱者の味方を自認している。

 

自民党という旧弊な党にしては、おもしろい顔ぶれである。そしてまた、結果も見えない。若手議員らの反抗から、各派閥の長らは自由に投票させることにしている。現総理大臣の菅義偉氏が選出されたときには、各派閥があらかじめ投票先を菅氏に決めていたのだが、今回の場合、9月29日の開票まで結果は誰にもわからない。

 

 

日本の政治にしては盛り上がっているこの総裁選は、この国の抱える民主主義に対する根深い不安を一時的にしろ忘れさせてくれる。欧米各国が悩まされているポピュリズムと機能不全を、日本は免れている。しかし、その安定は現状に満足している結果ではない。「われわれの民主主義は危機に直面している。国民の政治に対する信頼は失われている」と、元外務大臣の岸田氏は、総裁選に出馬する際に語っている。

 

無関心が慢性化しつつある。投票率は急落している。ピュー・リサーチ・センターによれば、2018年、日本人の62%が投票で政治は変わらないと思っている。今年の調査では、自民党の支持率38%よりも、「支持なし」が41%と上回っている。野党、立憲民主党は7%にとどまっている。野党の根本的な弱さは、慶應義塾大学の曽根泰教氏によれば、自民党総裁選はリアルなゲームであり、(11月に行われるであろう)総選挙ではない、ということだ。

 

 

自民党は1955年の設立以来、日本政治に君臨してきた。何十年間もその支配は途切れなかった。学者らは「異質な民主主義」と呼んでいる。一党支配といえども、内実は込み入っており、自民党内に多数存在する派閥が、それぞれ党のように振る舞っている。また、日本の左派は、政府のお目付け役となっている。

 

1993年、自民党は初めて野党に転落し、自民党離脱者らが連立政権を樹立した。新政権は党内の競争を促すべく、選挙制度を改良した。この政権はすぐに霧消したが、つづいて起こった民主党が、中道左派として競争力を高めた。そして2009年、民主党自民党にとってかわり、二大政党の幕開けを告げるかに思われた。

 

 

しかしながら、民主党は事務にもたつき有権者から疎んじられ、官僚らは苛立ち、同盟国アメリカを怒らせた。さらに悪いことに2011年、東日本を大震災がおそい、破壊的な津波と、福島第一原発メルトダウンが起こった。民主党のまずい危機対応は、政権交代に対して有権者らを用心深くさせてしまった。

 

民主党は2012年、自民党に敗れ瓦解した。以来、公明党と連立した自民党は、過去6回の国政選挙を勝ちつづけ、参議院衆議院ともに強固な支配を確立している。民主党の残党は2017年、立憲民主党を結成したが、いまだ重要課題に取り組めるほどの力はない。衆議院議席数は、自民党275に対して、立憲民主党は113議席にとどまる。

 

 

パンデミック対応における自民党の不手際は、野党に付け入るスキを与えたといえる。日本の有権者は、不満の爆発によって一斉蜂起してきた歴史をもっている。今年の地方選挙ではそれが繰り返された。最近では8月、横浜市長選挙において、菅首相の推す候補者が敗れ、対立候補に軍配が上がった。夏が過ぎると、圧倒的多数の地位に陰りを感じる党員もでてきた。権力の場にとどまるには、連立相手を増やさなければならないかもしれない。「ぞっとする」と、ある自民党員は言う。

 

先月、人気を失った菅首相が辞意を表明すると、自民党は国民を落ち着かせることになると期待した。国民は政治に不満があるとはいえ、急激な変化に対してはなお慎重である。菅首相が在位にあるうちは、野党も勢力を拡大する期待をもっていたが、いまやメディアの気をひこうと躍起である。菅首相の退陣が決まってから、自民党の支持率はある調査で10%上昇した。東京市場は、新首相への期待から、プライスを上げている。

 

 

河野氏は元外務および防衛大臣で、現在はワクチン担当相であるが、現在最有力候補といえる。大衆の支持も厚い。一匹オオカミの彼ならば、凝り固まった自民党に新風を吹かせることができるかもしれない、と若手議員も期待している。

 

しかし、河野氏でさえ自民党政治の現実に直面せざるをえない。総裁選への立候補を表明した記者会見において、河野氏原子力発電への反対と、女性天皇の容認に対して軟化せざるをえなかった。この2点は河野氏の思想における肝だったにもかかわらず。自民党の長老らは、それでも河野氏を警戒している。むしろ、より柔軟性をもつ岸田氏のほうが好ましいと考えている。

 

 

自民党総裁選の最初の投票において、国会議員と自民党員は同等の票数をもつ(383票:383票)。河野氏が勝つ可能性が高いのは、この段階で過半数の票数を得ることである。なぜなら、決選投票まで持ち込まれてしまうと、国会議員の票がより大きな比重を占めてしまうからである(383票:47票)。決選投票の勝敗を左右するのは、権力闘争であり党内抗争である。岸田氏は2番手の位置にありながら、決選投票になると勝つ可能性がでてくる。高市氏の勝つ見込みは薄く、野田氏はまったくない。

 

勝利者の最初の仕事は、衆院選に勝つことだ。自民党がいくつかの議席を失ったとしても、菅政権が続投する以上に失うことはないだろう。しかし、自民党の次期リーダーが国民の支持を得られなければ、菅政権より短命に終わってしまうかもしれない。来年の夏には、有権者のもう一つの審判がくだる参院選もまっている。

 

 

ガス価格、急騰 Sep 2021

 

 The Economist, Sep 25th 2021

 

Leaders

Energy Shortages

Gas puzzlers

 

ガス価格、急騰

 

 

グローバル市場に欠くべからざる天然ガスが、供給過剰から供給不足へと瞬く間に転落した。昨年9月、欧州における平均的な家庭が一年間に消費するガス料金は119ユーロ(約1万5,200円)であり、大陸のガス貯蔵施設にはあふれんばかりの在庫があった。ところが今や、年間738ユーロ(約9万5,800円)を要し、在庫もカツカツである。シェールガスに潤うアメリカでさえ、その価格は倍以上(より低い水準からではあるが)、今年の冬の寒さ次第では、価格がもっと上昇する可能性がある。

 

ガス不足の原因は多岐にわたる。ヨーロッパの寒い春とアジアの暑い夏が、エネルギー需要を急増させた。工業製品の需要回復により、液化天然ガスの消費意欲が増大した。ロシアはヨーロッパへのガス供給を減らしている。パイプラインNord Stream 2を承認させるために、マーケットに脅しをかけているのではないかと疑うものもいる。しかし、シベリアでは建造中の工場が火災に見舞われるなど、前途多難である。

 

 

天然ガスはこれまで、ほかのエネルギーの不足を補ってきた。ヨーロッパの風は弱く、風力発電が思わしくない。水力発電旱魃によって阻害されている。EUの排出ガス規制のあおりをうけ、石炭は高くなっている。そんなこんなで、家庭の暖房のみならず、発電のために燃やすガスすら代替のない状態である。

 

世界経済は、コンテナ船とマイクロチップというボトルネックが、資本支出(capital-expenditure)のブームを引き起こした一方で、化石燃料への投資は長い下り坂をたどっている。アメリカのシェールガスはそれほどの助けにはならない。なぜなら、ガス市場は不完全ながらも液化天然ガスとリンクしているからである。価格の高止まりは、限られた供給を制限することになるだろう。しかし、大きな値動きは需要を抑制する。もし来たるべき冬が寒ければ、ヨーロッパのエネルギー価格はとんでもなく高くなり、企業も家庭も使用を制限せざるを得ないはずだ。

 

 

これらの原因を見極めるには、何が悪かったのかを正確に診断する必要がある。政府は再生可能エネルギーの不安定性に対して、十分な許容量をもっていなかった。原子力は低炭素かつ常時使用可能であるが、世界に十分な数がない。ガスに対する介入や補助金は、状況を悪くするだけだ。エネルギー価格が高ければ、投資家は怒り、弱者は傷つく。イタリアのように保護されながらも苦境にあるエネルギー産業や、イギリスのような価格規制はエネルギー不足を助長するばかりだ。政治家たちの唱えるグリーン政策には中身がない。政府は必要ならば生活保護システムで家計の収入をサポートすべきであり、エネルギー市場が効率的に機能するようにテコ入れしなければならない。

 

長期的な取り組みは、再生可能エネルギーへの移行がつづく限り、価格変動を緩和することになるだろう。再生可能エネルギーの不安定性は、バッテリー価格が下がれば最終的に解決する。ガス貯蔵施設を増やせば、とりあえずの助けにはなる。その間、市場の価格を調整しておけば、状況を好転させる可能性がある。

 

 

イギリスでは、多くのエネルギー供給者が、変動価格でエネルギーを購入しているにもかかわらず、消費者とは一年固定価格の契約を結んでいる。これではうまくいかない。卸価格の上昇リスクをヘッジするために、企業は固定価格でエネルギーを販売すべきだろう。そうすることで、ガス貯蔵設備への投資も促される。電力網やLNG施設への投資を増やすのも一手だ(最近、英仏間のグリッドは失敗に終わったが)。裁定取引は、世界のエネルギー供給の不均衡を是正するだろう。

 

汚染源となるエネルギーはもっと高額であるべきだろうが、ほかの代替エネルギーがないかぎり、価格上昇はインフレを加速させ、低所得者層を苦しめ、環境保護論者の立場を失わせてしまう。もし、政府がエネルギー移行を慎重に管理できないのであれば、今日の危機的状況は、安定した気候を脅かすであろう最初の一例となってしまう恐れがある。