英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

即時経済 Oct 2021

 

The Economist, Oct 23rd 2021

 

Leaders

Data and the economy

Instant economies

 

即時経済

 

 

世界経済で何が起こっているのか、誰に聞けばいいのだろう。パンデミックによって、識者たちは糸口を見失っているようだ。だれが原油価格80ドルを予想できたのか。だれがカリフォルニアと中国におけるコンテナ船の待ち行列を想像できたのか。コロナに撹乱された2020年、今年の終わりまで失業率の高止まりがつづくと思われていた。現在、予想以上に物価が高騰しているが、今後ともにインフレ率と賃金が上昇していくのかは不明である。あらゆる計算や理論を駆使しても、エコノミストらは暗闇のなかでヘマをしてしまう。雇用と成長を最大化する政策とはいかなるものか、あまりにも情報に乏しい。

 

今週号で指摘されているように、混迷の時代は夜明けを迎えようとしている。世界経済は「リアルタイム革命(a real-time revolution)」に入ろうとしている。情報の質とスピードが変化している。アマゾンは食料品の配送状況をリアルタイムで把握しており、ネットフリックスはドラマ「イカゲーム(Squid Game)」に釘付けになっている人数を知っている。パンデミックによって政府や中央銀行も、レストランの予約状況の監視やカード払いの追跡をはじめた。経済を迅速かつ正確にモニターする方法は改善されている。そのおかげで、民間部門の意思決定もより良いものになっている。と同時に、政府は介入する気にもなっている。

 

経済データの改善欲求は、なにも新しいことではない。アメリカのGNPは1934年から調査されているが、当時は13ヶ月ものタイムラグがあった。1950年代、若きアラン・グリーンスパンは貨物列車の台数を数えて、鉄鋼の生産量を見積もった。1980年代にウォルマートが供給網の管理をはじめて以来、民間部門ではデータを即時に把握することで、競争を有利にすすめてきた。一方、公的部門はのんびりしていた。エコノミストの追跡する公式データは、GDPや失業率でもわかるとおり、週遅れか月遅れであり、大幅に修正されることも珍しくない。生産性を正確に計測するのには何年もかかっている。少々おおげさな言い方かもしれないが、中央銀行は目をつむって飛行しているようなものだろう。

 

 

データが遅かったり、不正確であったりすると、政策の誤りにつながり、何百もの雇用の喪失もしくは産物にして何兆ドルもの損失を招きかねない。金融危機においても、もしアメリカが景気後退に入った2007年12月にFRBが利下げを行っていれば、あれほどの大惨事には至らなかったかもしれない。実際に利下げが行われたのは、エコノミストらが数字を確認した後の2008年12月であった。インドが何年ものあいだ低成長にあえいでいるのは、経済や銀行に関するデータの信頼性が薄いからである。ECB(ヨーロッパ中央銀行)は2011年、一時的なインフレを見誤って利上げを行ってしまった。その結果、ユーロ圏は景気後退入りしてしまう。現在のBOEイングランド中央銀行)も同じ過ちを犯してしまいかねない。

 

パンデミックは変化のきっかけを与えてくれた。ウイルスやロックダウンへの効果を確認している暇はなかった。各国政府と中央銀行は携帯電話、キャッシュレス決済、飛行機のエンジンなどあらゆるものをリアルタイムで調査した。新しい理論を待っていたら何年もかかってしまう。ハーバード大学の凄腕エコノミストRaj Chettyはスタッフを大量動員してバリバリとデータを解析していった。JPモルガン・チェースは預金残高やクレジットカードの請求などの重要なデータを開示し、人々が現金を消費しているのか、それとも貯蓄しているのかを解明する一助となった。

 

こうした流れのおかげで、テクノロジーは経済に浸透していっている。支払いの大部分がオンラインへと移り、取り引き速度がはやくなっている。マッキンゼーによれば、リアルタイム決済は2020年、41%も増加したという(インドでは256億回もの取り引きが記録されている)。さまざまな機械や物にセンサーが取り付けられた。コンテナ船を追跡すれば、供給網の滞りも確認できる。中央銀行のデジタルコイン(Govcoins)はすでに中国で試験がはじまっており、50以上の国々が関心をもっている。Govcoinが普及すれば、経済動向の詳細をリアルタイムで確認できるようになる可能性がある。

 

 

イムリーなデータは政策の無駄をなくすだろう。たとえば、経済活動の低下がスランプに結びつくかどうかを簡単に判断できるようになる。政府のとる対策も改善されることだろう。中央銀行政策金利の変更による影響を見極めるのに18ヶ月以上かけている。しかし、香港では補助金を支給するのに期限付きのデジタル決済を用いている。Govcoinによって金利はマイナスになる可能性もある。正しいデータがあれば、危機の際に正確な目標を設定することができる。たとえば企業向けのローンは、バランスシートの改善には役立つが、一時的な流動性の問題をはらむ。社会保障による画一的な福祉の支払いのかわりに、仕事を失った人に即時金を渡すこともできる。デジタル決済ならば書類の必要もない。

 

リアルタイム革命によって経済的な決定は、より正確に、よりオープンに、よりルールに基づくものになるだろう。とはいえ、危険もある。新たな指標は誤解を生むかも知れない。たとえば、世界的な景気後退がはじまった

とか、ウーバーの市場シェアが縮小している、など。数字は数字であり、調査機関が骨を折って集めたデータにはバイアスがかかっているかもしれない。巨大企業はデータを溜め込み、不当に用いるかもしれない。フェイスブックは今週、デジタル決済を導入したが、いずれ連邦捜査局よりも個人消費に関して詳しくなるかもしれない。

 

最大の危険は傲慢さだ。経済全体を監視することにより、政治家や官僚は未来を先の先まで予測でき、社会を好都合に作り変えられると勘違いしてしまうかもしれない。まるで中国共産党の夢である。デジタルを駆使した中央集権だ。

 

実際のところ、数字に未来は予測できない。複雑にからみあった動的な経済は、ビッグブラザーの足元にはない。何百万という独立した企業や個人がそれぞれの思惑で行動しているのである。インスタント経済は千里眼でもなければ、全知全能でもない。退屈かもしれないが、変化を起こす力は秘められている。即時即応の理性的な意思決定によって。