英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

減りゆくロブスター Oct 2021

 

The Economist, Oct 23rd 2021

 

United States

Warming seas

Considering the lobster

 

減りゆくロブスター

 

 

Steve Trainは、いつも昼1時には仕事を終えていた。米メイン州でロブスターを獲って30年、それほど遠出しなくとも獲物はとれた。ところが今では、夕方4時になっても仕事が終わらない。岸近くにいたロブスターは、いまや冷たく深い海へともぐってしまった。温暖化の影響だ。ロブスター探しはもはや推測ゲームのようになってしまった。「むかしはみんな年中獲っていたんだがな」とMr Trainはメスカル・マルガリータを舐めながら言う。ここはポートランドの古い港に面したレストラン、Luke’s Lobsterだ。彼の船着き場であり、獲ったロブスターを売ったり、週に3~4度はランチをとったりする(ロブスター・ベーコン・レタス・トマト・サンド、ロブスター・ロール、白身魚のフライなど)。ロブスター獲りは単なる仕事ではない。「カルチャーだ」と彼は言う。

 

海の温暖化はロブスターの行動を変えただけでではない。メイン湾全体の生態系を変化させている。過去30年で、メイン湾の海水温は世界の海より99%以上上昇している。専門家は潮流の変化が原因だと言う。南方からの流れが強まり、ラブラドール海流の流入が減っている。ラブラドール海流は、北大西洋から冷たい海水をメイン湾に運んできてくれていた。「海水温の変化が大きいほど、生態系の変化も大きくなります」とメイン湾調査機関の科学者Kathy Millsは言う。温暖化により現在、メイン州において収益の高かった2種、ロブスターとオオノガイ(Soft-shell clam)の生態に変化がおきている。メイン州全体の商業的漁獲高は昨年5億ドル(約550億円)以上だった。しかし、それを今後維持していくためには、柔軟な対応が求められる。そのためには、メイン湾が年々どのように変化していくかを知る必要がある。

 

メイン州東海岸において最大の漁獲量をほこる。それは大量のロブスターによるところが大きい。メイン州における漁獲量は1988年の2,200万ポンドから2016年の1億3,200万ポンドへと6倍に増えている。その最盛期にくらべると、現在は4分の1にまで落ち込んでいる。メイン大学の海洋科学者Bob Steneckは言う、「ふたたび上向くことがあるかもしれません。しかし、そうなるまで何年ものあいだ低迷するでしょう。それが問題です」と。

 

 

Mr Steneckは言う、「研究者らはなぜメイン州の収量が落ちているのかはっきりわかっていません。専門家の多くは今後ともにつづくであろう人口増加が原因だと考えています」と。しかし、ニューイングランド南部でおこっていることを考え、工業関係者は慎重になっている。ロードアイランド州コネチカット州では、過去数十年間にわたりロブスターの収量が減っている。暖水では繁殖がうまくいかず、病気などで死んでしまうからである。

 

州全体においてオオノガイ(Soft-shell clam)の収量は2020年、2番目に多かった。商業的陸揚げの3%を占めていた。しかし、数は減りつつある。暖水に強いミドリガニ(green crab)などの捕食者に食い荒らされてしまっている。ブランズウィックで働くChris Greenは、浜でホンビノス貝(quahog)をとることが多くなったという。ホンビノス貝は高水温でよく育つため、1964年の1万7,265ポンドから2017年は130万ポンド以上にまで収量が増えている。「3年間、ずっと獲ってるよ」とMr Greenは言いながら、また新たなホンビノス貝を砂から探しあてた。10月にしては以上に暑いこの日、彼は半袖Tシャツ姿だった。

 

地元の人たちは、海岸で見られる動物が変わってきていることに気が付いている。タイセイヨウセミクジラはあまり見られなくなった。主食の動物プランクトン、カラヌス・フィンマルキクス(calanus finmarchicus)が温暖化でいなくなってしまったからだ。イカやブラックシーバスなどは高温に強いため、メイン湾でも頻繁に見られるようになった。Portland Lobster Co.では地元のエビを軽く味付けしてサラダで出していたが、メイン湾の漁業が崩壊してからは、サラダで出すのをやめてしまった。総支配人のEthan Morganは「メイン湾のエビに匹敵するものはないよ」と言う。同州のエビは甘く、付け合せに最高だった。今ではフライにしてエビを出している。「ソースをつけないと美味しくないよ」とEthan Morganは言う。

 

生態系は徐々に変化を受け入れ、人間もまた変化に順応していく。Ms Millsは変化が不幸ばかりでないことを知っている。「昔から漁業は変化に対応してきた」と彼女は言う。ロブスターの収入を補うために、Mr Trainは昆布とホタテの養殖をはじめた。Mr Greenも貝の養殖をはじめようと思っている。天然物を補うためでもあり、頼みの綱となっているホンビノス貝が厳冬で全滅したときのためのバックアップでもある。The Portland Lobster Co.では、できるかぎり地物を提供しようとつとめている。しかし、ツノザメのためにメイン湾を訪れる人はほとんどいなくなった。Mr Morganは嘆く、ツノザメの名物料理がお客の口に入らないよ、と。