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スリランカの完全有機 Oct 2021

 

The Economist, Oct 16th 2021

 

Asia

Sri Lanka

No more Mr Rice Guy

 

スリランカの完全有機

 

 

スリランカの片田舎、荒れた田んぼに肩を落とす男がいた。B. R. Weeraratneはため息をつく。象が田んぼで暴れるのはいつものことだ。政府が農薬の使用を徹底して禁じているため、彼の田んぼの主力2品種、naduとsambaの収量はもはや期待できない。56歳の彼は有機農法に理解がないわけではない。しかし、「土も植物も、そして人間にも学ぶ時間が必要なのだ」と彼は言う。ものには順序がある。それを無視してしまうと、彼のように貧困へと落ち込みかねない。

 

しかしながら、スリランカのラージャパクサ(Gotabaya Rajapaksa)大統領は頑なである。元軍人の彼は2019年に大統領に選ばれた。ひとえに無慈悲な強引さによるものだった。2009年、彼は兄Mahindaのもとで防衛大臣をつとめ、それから大統領になった。彼は徹底的にタミル人の反乱軍を攻撃して内戦を収束させた。都市開発長官としての彼は、スラム街の人々を何千人と追い出し、町をすかっりキレイにしてしまった。大統領としての彼はコロナ対策として軍人を医療スタッフととも働かせた。11歳以上の国民70%以上が2回のワクチン接種を終えている。

 

ラージャパクサ大統領の軍隊的アプローチによって、スリランカは一夜にして世界初の完全有機農業国家となった(皆乗り気ではないが)。彼のマニフェスト「繁栄と輝きのビスタ(Vistas of Prosperity and Splendour)」によれば、肥料の使用においても革命をおこすと約束されている。しかし、それには10年を要する。それだけに、今年初頭に完全な使用禁止を宣言されたことは、Mr Weeraratneのような農夫にとって大きなショックだった。農薬はもはや輸入されることはなく、在庫が尽きたらそれまでだ。プランターズ・アソシエーションによれば、今後半年の茶葉の生産およびその利益は25%程度落ち込むだろうとのことである(長期的には50%の減少もありうる)。茶葉の生産においてスリランカは世界第4位の大国であり、昨年の輸出額は12億4,000万ドル(1,360億円)、GDPの1.5%を占めている。

 

 

スリランカでは90%以上の農家が化学肥料を使用しており、彼らの85%が今季の収穫減を覚悟している、とシンクタンクVerité Researchは言う。国民の3分の2はラージャパクサ大統領の政策を支持しているが、そのうちの80%の人々は、最低でも1年間の移行期間が必要だと考えている。

 

国民は食べていかなくてはならない。インフレ率は6%近くをただよい、食品は11%以上値上がりしている。世界の商品価格は上昇し、外貨準備は減っている。国内の小売価格に上限を設けたことが、砂糖や粉ミルクなどの必需品の不足を招いている。8月31日、大統領は緊急事態宣言を発令した。軍官に市場を規制させ、在庫を没収してしまった。

 

食料品が底をつきはじめ、9月29日、大統領は米の価格の上限を引き上げた。その結果、17~32%ほど一気に値上がりした。10月8日には粉ミルク、砂糖、小麦、調理用ガスの価格も引き上げられた。政府は多少の輸入を認めたものの、GDP比42%の貿易赤字をなんとか縮小しようと、肥料などの輸入は抑えられた。

 

 

減りつつある26億ドル(約2,860億円)の外貨準備は、輸入にして半年分である。今から外債70億ドル(約7,700億円)の支払いも控えている。短期負債もまた外貨準備の重しとなっている、とエコノミストのDeshal de Melは言う。スリランカの信用格付けはジャンクにまで引き下げられ、国際市場からの借り入れは絶望的となった。金融大臣Basil Rajapaksa(大統領の兄弟)は先行きの暗さを認めている。コロナによって86億ドル(約9,460億円)の収入が失われた、と彼は言う。観光による収入が、通常であれば年間30~40億ドル(約3,300~4,400億円)ほどあるはずだったのだ。スリランカから他国への送金は一年前に比べて35%ほど減少している。

 

もはやIMF国際通貨基金)の再建プログラムを受け入れるしかない、とほとんどのエコノミストは考える。しかし、スリランカにとってその受け入れ条件を飲むのは難しい。誇大に吹聴してきた国家主権を損ないかねない。Mr Weeraratneのように、すでに搾り取られた人々はもう騙されない。この国の作物同様、大統領自身にも活力剤が必要とされている。