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なぜか掘れない石油 Oct 2021

 

The Economist, Oct 16th 2021

 

Business

The energy business

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なぜか掘れない石油

 

 

中国の停電、インドの石炭不足、ヨーロッパの電力価格高騰、イギリスでの石油争奪戦、レバノンでの停電と燃料火災、世界的なエネルギー市場の機能不全はいたるところにみられる。

 

近頃の混乱によって、アメリカの石油価格は2014年以来の高値である1バレル80ドル(約8,800円)に達した。ヨーロッパの天然ガスの価格は3倍になった。歴史の遺物とも思われていた石炭の需要までが急増している。ある商品取り引き企業の最高経営責任者は言う、朝5時に出社してアジアなどで停電がおきていないか最新情報を確認しなければならない、と。そして北半球には燃料需要の高まる冬が迫っている。

 

数年前であれば、化石燃料の生産者らは価格の変動をみながら、生産量や投資額を素早く対応させてきた。2014年、原油が1バレル100ドル(約1万1,000円)を突破したとき、ヨーロッパの石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルは300億ドル(約3兆3,000億円)を石油とガスの掘削に注ぎ込んだ。そして、世界最大のLNG液化天然ガス)生産者となるために530億ドル(約5兆8,300億円)をイギリスのライバルBGグループに費やした。

 

 

今回ばかりではない。気候変動によって石油とガスの企業にはかつてなかったほどのプレッシャーがかかっている。とりわけ化石燃料からの離脱を迫られているヨーロッパ企業はなおさらだ。ロイヤル・ダッチ・シェルも長期的には低炭素のガスと電力に向かっており、石油などの掘削事業への投資は今年、80億ドル(約8,800億円)ほど減少している。先月、テキサス州パーミアン盆地におけるシェール資産を、95億ドル(約1兆円)でアメリカ企業ConocoPhillipsに売却した。また、1936年以来のナイジェリアにおける開発からも手を引きはじめている。同地における石油の生産は2030年まで毎年1~2%ほど減らしていく予定だ。今回のエネルギー価格の高騰は今後の投資にどんな影響を与えるのだろうか。石油ガス掘削の責任者Wael Sawanはそっけなく言う、「私の考えでは、たいした意味をなさない」と。

 

こうした考え方は、石油産業全体に蔓延している。ヨーロッパの上場企業は新たな油井の掘削に対して、環境重視の投資家から反対圧力をうけている。BCGコンサルのPhilip Whittakerは言う、掘削への投資はクリーンエネルギーに対する公約を反故にするものだと受け取られかねない、と。アメリカの上場企業も、かつては石油価格の上昇とともにフラッキング(水圧破砕)によって盛んにシェールを掘りすすめていたが、いまや株主らの締めつけに遭っている。彼らは配当金や買い戻しによって利益を確保したいのであって、地中に穴を掘ることを好まなくなっている。

 

国営の石油企業でさえも、パンデミックのあおりをうけて、予算の束縛をうけている。サウジアラムコアブダビ国営石油など少数の企業だけが生産を拡大させている。全体としては、石油やガスに対する投資は落ち込んでいる。2014年の8兆ドル(約880兆円)から4兆円(約440兆円)へと半減し、この傾向はつづきそうである。

 

 

一方で、パンデミックが和らぐにつれ需要は驚くほど回復してきた。商品投資会社のGoehring & Rozencwajgによれば、余力のなくなるほどの水準に石油市場は達しているという。こうした事態は一時的なものかもしれないが、サウジアラムコアブダビ国営石油は敏速に対応している。一時的とはいえ、原油価格の上昇は急激である。すでに石炭や天然ガスの価格高騰に悩まされていた家庭をはじめ、製鉄・肥料製造・ボトル作りなどエネルギー消費の大きな産業にとっては苦しいところである。

 

環境的には、エネルギー価格の高騰によって化石燃料への需要が弱まるのは悪いことではない。とくに国際的な炭素税のおよばない部分に関しては。IEA(国際エネルギー機関)によれば、今年、化石燃料の消費が再拡大したことで、過去2番目の二酸化炭素排出量の増加となる恐れがある。2050年までに実質ゼロの目標を達成するためには、2021年以降、新たな石油やガスに対する投資は不要で、その代わり、2030年までにクリーンエネルギーへの投資を3倍にしなければならない。

 

IEAは天然ガスへの投資も不要というが、天然ガスは他の炭化水素エネルギーよりもクリーンである。ほかの低炭素排出のエネルギーといえば水素などになるだろう。だが、IEAも認めるように、本末転倒にもなりかねない。確かに化石燃料二酸化炭素排出の元凶ではある。しかし、代替エネルギーを確保せずに天然ガスの供給を減らすことは、負の効果をもたらす危険がある。

 

 

中国やインドなどでは石炭火力の代わりにガスが使用されている。それは二酸化炭素の排出量を減らすためである。投資会社Bernsteinは、中国の液化天然ガスの輸入は2030年までに倍(世界最大の輸入量)になると予測する。新たなガス田を開発しなければ、天然ガスは14%不足する計算になる。そうなると、アジアが石炭から抜け出せなくなってしまう。

 

さらに、天然ガスは電力網の安定維持には欠かせない。とりわけ、風力や太陽光などの不安定な電源にたよる地域ではなおさらだ(世界中の電力網がもっとつながっていればよいのだが)。このような場合、天然ガスにかかるコストが電気代に加算される。それは限界費用がゼロとされる再生可能エネルギーにおいても同じことだ。ガスの価格が上がれば、電気料金も上がる。そうなると、クリーンエネルギーへの熱意は薄れてしまいかねない。

 

次なるエネルギーは、どこにあるのか。商品取り引きのボスは言う、「天然ガスがダーティー燃料の欄に入れられてしまっているので、誰も投資する気にならない」と。民間部門のスーパーメジャーにとっての問題は、天然ガスと石油の生産が分けられないことである。なぜなら、この2つは同じ場所から同時に採掘されることが多いからだ。投資家たちも両者は双子か何かだと思っている。厄介なことである。「石油とガスを一緒くたにするのは、まったく視野が狭い」と、あるスーパーメジャーの役員は憤る。とはいえ、彼の会社は投資家たちを怒らせてまで、天然ガスの生産を増加させる気はなさそうである。

 

また、ある石油企業の役員は言う、石油の価格が高くなると、さらに投資したくなるかもしれない。しかし、長期的な環境目標を無視するわけにはいかない。国営の石油企業か、株式非公開の企業ぐらいしか、そういう選択はできないだろう、と彼は言う。最近のパーミアン盆地における掘削の増加は、非上場のフラッカー企業によるものだ、とも彼は言う。まるで禁酒法時代の密造酒づくりだ。石油とガスの価格が上昇すれば、当然、増産したくもなる。もし、公の目から逃れることができるのならば。