英国誌「The Economist」を読む人

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森林のパンデミック Oct 2021

 

The Economist, Oct 9th 2021

 

Britain

Woodlands

Treedemic

 

森林のパンデミック

 

 

最初の兆しは見落とされた。こちらで病み、あちらで倒れた。2021年にはわずかだったものが、またたくまに国中へと広がった。人間の場合と同じように、木々もまた小さな不安の種が、新たな病の到来を告げていた。無力なドングリがオークの巨木へと成長するかのごとく、小さな兆候が壊滅的な病魔に育ってしまった。

 

病で倒れたイギリスの木々がいったい何本におよぶのか、誰も知らない。何百万ヘクタールという大森林のなかでの出来事だ。西洋トネリコ、ニレ、オーク、ブナ、トチノキ、ハンノキ、カラマツ…、どこまでも病は広がり、枯れるものも多い。ロンドンでは秋の訪れをまたずに、トチノキの葉が縮みあがり、茶色くなって萎れた。デボンとカンブリアでは、病んだ西洋トネリコが、骨だけになった枝を空にかかげている。ダンフリーズとガロウェイでは、丘上のカラマツが倒れた。

 

木々のパンデミックである。一種ではなく多種の病原菌だ。穏やかなものもあれば、地形を変えるほどのものもある。オランダ・ニレ病が1960年代と1970年代にイギリスで流行したとき、国家的悲劇と形容された。だた、悲劇はこれだけでは終わらなかった。これからはじまるパンデミックの先触れでしかなかった。1960年代以降、20あまりの病魔がイギリスの木々を襲った。まだ40以上が海を渡っていない。それは、感染を鈍化させる努力のおかげである。監視ヘリコプターがイギリス上空を飛び回って、病気の兆候を見つけるや、即座に伐採の指令をとばす。

 

 

とある秋の日、イギリスの湖水地方、ウィンダーミア湖のほとり、グレート・ノット・ウッドは木漏れ日のなかにあった。いかにもイギリスらしい森だ。暗からず、深からず、それでいて文化の薫りが息づいている。ワーズワースはこの森を逍遥しながら、「これこそが自然の造形だ」と歓喜した。その造形美はいまや、脅威にさらされている。カラマツの突然死、2002年からイギリスではじまり、この森も例外とはならなかった。慈善団体the Woodland Trust のカンブリア地方責任者Heather Swiftは言う、半年もしないうちに、この森のカラマツはすべて枯れてしまうだろう、と。

 

この惨劇の理由はシンプルだ、木々は動けない。その種子であれば、鳥や動物に食されることにより、数メートルまたは数マイルは移動できるかもしれない。しかし、中つ国の物語やマクベスでなければ、植物自体はその場にとどまりつづける。他の生物の多くは毎年のように動き、移動するのだが。過去30年で、世界の園芸業界は急速に発展し、雑草などは陰に追いやられた。バーナムの森からダンシネーン・ヒルへと移動したように、森林もとどまってはいない。これは悪い兆候だ。

 

ポット苗を買うとする。一株だけ買ったと思うだろうが、そうではない。最近のthe Journal of FungiにおいてAlexandra Puertolasらは、イギリスとオランダで購入された苗木の土には、病原菌を含む有機物が90%含まれている、と分析している。苗木を買うということは、病原菌もまた購入していると考えたほうがよいだろう。

 

 

さらに悪いことには、苗木に含まれる病原菌は一地域だけのものではないかもしれない。イギリスの土に植えられるまでに、ヨーロッパ大陸を周遊旅行していることが多い。苗木のラベルには、生産地や生育地を記載する義務はない。西洋トネリコの胴枯病は2012年に規制が強化された、とキュー王立植物ガーデンの上級研究員Richard Buggsは言う。しかし、他の木々は長旅をしている。オランダで生まれた一本の苗木は、夏は成長がはやいイタリアへと送られ、帰国の際にドイツを通過し、イギリスへと輸送される。こうしたヨーロッパ周遊旅行によって、苗木には多種の病原菌がついてしまう。

 

苗木栽培のグルーバル化によって、各国ともに同様の問題を抱えている。しかし、イギリスほど深刻な国はない。なぜなら、イギリスには育苗場が少なく、天然の木々にも乏しい(改善しようと試みてはいるが)。苗木の輸入額は、1992年の600万ポンド(2019年には1,250万ポンド、1,600万ドル)から現在は9,300万ポンド(約14億3,000万円)へと、650%近く増加している。今年4月までの12ヶ月間で、イギリスでは425万本の苗木が新たに植えられている、とイギリスの森林組合は言う。慈善団体the Woodland Trustは、2025年までに5,000万本の苗木を栽植すると宣言している。

 

樹木の病気の潜在力をおもえば、これらの数字が小さく見える。イギリスには1億5,000万本の西洋トネリコの木々があり、その苗木はさらに多い。そして、それらのすべてが胴枯病に感染している可能性がある。感染した樹木の90~99%は枯れることになるだろう。枯れ木は除去しなければならない。道路や線路に覆いかぶさるような倒木はなおさらだ。こうした環境への損失は大きい。オックスフォード大学の研究によれば、150億ポンド(GDP比0.7%)が倒木らの始末に必要になるとのことである。

 

 

人類は千年にわたり森林を利用してきた。古代ローマ人はひと泳ぎしたあと、北アメリカの木々で暖をとった。キャプテン・クックボタニー湾(オーストラリア)から戻るときに、植物の標本を大量に持ち帰った。ローマの商品や探求者らは、材木と種子を運んだ。いまは、苗木として輸送されている。材木と違い、苗木の場合は動物を輸送することと似通っている(人間の移動もそうだが)。Mr Buggsは言う、ヨーロッパ人がアメリカ大陸を植民地としたため、インフルエンザや水疱瘡がヨーロッパにひろまった。そうした病気に耐性がなければ、大惨事がひきおこされうる。

 

苗木の移動が少なければ、病気の拡散も少ない。そのためには国内の育苗場を増やし、輸入を減らさなければならない。イギリスはEUから抜けたことで、国境の植物検疫をさらに強化できる。犠牲はともなうだろう。しかし、病原菌によってもたらされるであろう惨禍に比べれば、被害は小さい。オックスフォードの研究によれば、苗木を含めたすべての生きた植物の輸入および輸出の額は2017年、3億ポンド(約460億円)相当だという。この数字は、西洋トネリコの胴枯病にかかるであろうコストの2%ほどにすぎない。木々は生きているということを再認識しなければならない。