英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

海藻ファーム Sep 2021

 

The Economist, Sep 30th 2021

 

Science & Technology

Aquaculture

Seaweed at scale

 

海藻ファーム

 

 

かつては海の森のごとくに繁茂していた海藻が、姿を消しはじめている。温暖化が原因だ。海面に近い層が加熱されるため、熱膨張によって密度が薄まってしまう。そうすると海藻が浮きやすくなってしまうのだ。また、そうした浮力によって海底の冷たく栄養分の濃い層と混ざりにくくなってしまう。この現象は、海の生態系にとって好ましいことではない。商売のかかった海藻生産者にとっては、とりわけ悪い。年間60~400億ドル(約6,600億~4兆4,000億円)もの産業がである。

 

アジア料理に欠かせない昆布も被害を受けている。昆布はまた、肥料として用いられたり、カラギーナンに加工されたりして利用されている。カラギーナンとは食品用の結合剤または乳化剤であり、化粧品や薬品としても使われている。昆布は海底で成長させたり、ロープに取り付けて育てられたりする。小さな浮島で栽培されることもある。

 

主に熱帯地域で海水面の水温上昇が報告されているが、研究者らはそれに対抗すべく、人工浮島による海藻の栽培に取り組みはじめている。海底の冷たい海水を上昇させることで、海藻の成長をうながすという。浮島を海岸から離れた場所に設置することにより、海藻の栽培範囲を広げることができる。そうした実験は8月、アメリカの慈善団体the Climate Foundationによってフィリピン沖で開始された。この手の試みとしては最大級の規模である。

 

 

人工的に海水を上昇させることは、新しいアイディアではない。昆布の森の再生方法として、何年ものあいだ行われてきた。巨大な昆布の葉状部分は平均30mもの長さになるが、冷たい海水を上昇させることで、一日50cm以上も成長する。ただ、いまほど上昇刺激法が切実なときは他になかった。

 

アメリカの慈善団体the Climate Foundationによる人工浮島のテストは、100平方mの範囲で行われた。数百メートル下の海水を円筒状の柔軟なパイプを通して、太陽光で駆動するタービンの力で汲み上げる。風力や波力を動力とする計画もある。

 

この試みがうまくいけば、よりスケールを広げて行うことになる。この技術は海藻の生産量を増大させるだけでなく、海藻の森に起因する生態系を保護することにもつながる。収穫された昆布の一部を海底深くに沈めれば、温室効果ガスである二酸化炭素を固定することになる(理論上はそうなる)。そうすることによって、そもそもの原因である温暖化を和らげられるかもしれない。

 

 

財団のBrian von Herzenによれば、小規模の実験も2020年におこなったという。その結果、低温海水を汲み上げて与えた海藻は、そうしなかった海藻に比べて4倍のスピードで成長した。さらに、通常の海藻が萎れてしまう暖かい時期にも成長をつづけたという。

 

Dr von Herzenは実験により集積された経験をもとに、人工浮島の規模を現在の100倍に拡大しようとしている。オーストラリアの官民組織the Marine Bioproducts Cooperative Research Centreと協力する計画もあり、見積もりによれば5年で資金が回収できるという。

 

さらに、海藻ファームは海藻それ以上の価値をも生み出す。たとえば、海藻を棲家とする魚などが寄ってくるので、それらを捕獲することができる。実際、海水の汲み上げによって海藻栽培に必要な環境以上のものがもたらされている。ドイツのOcean artUpというプロジェクト(the Helmholtz Centre for Ocean Researchによる)は、イワシの食するプランクトンを低温海水の湧昇によって育てる実験をしている。

 

 

大西洋と地中海の両方で、イワシなどの魚が急速に減少しているが、この技術を使えば再び個体数を殖やすことができるかもしれない。2017年にはじめられたプロジェクトOcean artUpは、年内いっぱいの活動を予定しており、海水湧昇によってどれほどの栄養が供給できるのかを正確に計測している。汲み上げのスピードが速すぎると、低層の海水はすぐに海底に戻ってしまい、上層の海水と混じり合わない。栄養を海水面近くに保つには、海水を適度に撹拌する装置が必要なのかもしれない。

 

サンフランシスコではOtherlabという調査研究所が、浮遊する海藻ファームを固定するため、海中ロボットによって海底に固定用の鎖を打ち込んだ。嵐などの悪天候に対処するためである。Otherlabはアメリカの政府機関arpa-eによって資金を提供されているが、arpa-eはバイオ燃料用の海藻栽培を模索しているという。

 

こうした地球工学(温暖化に抵抗するために気候を変えようとする技術)に嫌悪感を感じる人々は、人工的な海水湧昇に疑問をもつかもしれない。そんなことをすれば、海洋の生態系を変えることになり、思わぬ副作用を生じてしまうのではないか。気候変動を緩和するのではなく加速させてしまうのではないか、と。逆に賛同者らは、こう考える。気候変動によって滞ってしまった海水の上下運動を、海水湧昇の技術によって回復させているだけだ、と。

 

 

アメリカと中国の研究者チームが昨年、Nature Climate Changeに発表したレポートによると、世界全体の海水面が1960年にくらべ5%、熱帯では20%上昇しているという。地球温暖化による異常気象の影響を考慮にいれてなお、海洋が大いに撹拌されているにもかかわらず、表層の暖かい海水がさらに増えていることになる。

 

海水湧昇によって、海の表面温度を下げれば、その地域の気温も低下することになる。海水が暖かければ、上空の空気も温まり、冷たければ気温も下がる。とはいえ、何百万ヘクタールもの海に装置を備え付けなければ、実際の気温を下げることは難しいだろう。

 

Dr von Herzenはこういった取り組みを支持しておらず、結局は金銭的な壁に突き当たるだろうと指摘する。国際的な取り決めであるThe London Protocolは海洋汚染を規制しており、海に建造物を備え付けることに厳しい制限がある。とはいえ、たとえ商業的な開発でも、二酸化炭素への対策がなされているのであれば、認められるケースもある。

 

もし大規模な海藻ファームが地球工学とみなされるのであれば、じつに皮肉なことになる。二酸化炭素を海底に閉じ込めるために、海藻を沈めるという方法は、短期的には効果があるだろう。しかし、そうした有機物が海底に堆積するということは、何百年もすると現代のような石油地帯をつくりだすことになる。そして、またしても狂ったように採油され、温暖化ガスを大気中に解放することになるだろう。それこそを、防がなければならないというのに。