英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

発酵クラブ Sep 2021

 

The Economist, Sep 28th 2021

 

Technology Quarterly

Precision fermentation

Culture club

 

発酵クラブ

 

 

独特の匂いのする、塩味のきいたプロシュート(生ハム)。ブレサオラは顎が疲れるほどに歯ごたえがあり、ラルドの脂は燻製で引き締まっている。ファンにはたまらない。ファンでなくとも、これらの食品は動脈をきれいにしてくれる。最高の燻製は、タイ北東部にある。米、豚肉、ニンニク、塩、そしてハーブが詰め込まれたソーセージを、室温で数日放置しておく。このネームという燻製肉は、火を通せば濃厚な味わいになるが、最高の食べ方は生食で、チリペッパーとニンニクでいただく。

 

その鼻に抜ける酸味が、ほかの強烈な風味と完璧に調和している。それもこれも、乳酸を生成してくれるバクテリアのお陰である。酸を生成するのは、酸に弱いほかの微生物の生長を阻害し、エサの奪い合いを制するためだ。そして、そのおこぼれを人間がいただくことになる。この種のバクテリアを利用した食品には、ナイジェリアのオギや、韓国のキムチなどがある。また、ロックダウンの際に家庭などで作られた、サワー種のパンなどもそうだ。

 

 

人類は有史以前から、食品を保存するために微生物による発酵を利用してきた。乳酸発酵がなかったら、キャベツが豊作のときには、食べきれずに腐らせてしまっていただろう。ところが、微生物と塩の力を借りれば、ザワークラフトとして保存が可能になる。エタノール発酵はパンを膨らませ、シャンパンを発泡させる。酢酸発酵によってビネガーやピクルスがつくられる。ベルギーのゼンヌバレーで醸造される唯一無二のランビックビールもそうだ。

 

サワー種のスターターやヨーグルトの培養などでは、微生物が単独種で働くのではなく、多種が共同で機能する。発酵の度合いは、長年のカン、もしくは見た目、匂い、味など(パン生地ならば触感)で判断される。

 

 

多くの発酵が工業化、大規模化している。ビタミンや風味づけ、色付けなどにも微生物の発酵が利用されている。発酵による製品は保存料や添加物として用いられるばかりでなく、それ自体が食用とされることもある。イースト菌がビールのアルコールを生成する際、さらなるイースト菌も生まれる。そして、それらはマーマイトとして食される。マーマイト(Marmite)というのは、イギリス人の好むピリッとしたペーストである(好みの分かれるところでもある)。クォーン(Quorn)という植物由来の肉の代替品もある。これは1960年代に化学企業が発見したミクロ菌の生み出すもので、生長がとても早い。

 

食品開発者は遺伝子を自由に操作して、微細なる発酵の世界を探査している。そして、特定の目的にかなう微生物を選び出して改良を加えている。1990年にファイザー社がインシュリンをつくるときに使われる遺伝子操作の技術を用いて、画期的な微生物を生み出した。レンネット(レニン酵素を含む物質)から凝固作用のある物質を生成したのである。それはミルクを固めてチーズにするときに使われる。かつてレンネットは、乳離れしていない子牛の4番目の胃袋から採取されていたが、手間がかかる。化学的に生成することで、チーズの大量生産が可能になった。

 

 

遺伝子改変された微生物はいまや、さまざまな食品にとって重要なタンパク質をつくっている。Impossible Foods社はレグヘモグロビンというタンパク質をバーガーとして提供している。動物に由来しないチーズをつくるために、乳清やカゼイ(タンパク質)をつくる微生物をつくった企業もある。また、合成皮革をつくるコラーゲンや、繊維として使う蜘蛛の糸なども作られている。

 

化学者らは然るべき微生物を然るべき発酵槽に入れれば、飽和脂肪を豊富に産出できると考えている。飽和脂肪はアボガドやココナッツオイルに含まれているもので、植物由来の代替肉にリアルな触感を与えてくれる。原理的には、パームオイルも森林伐採することなしに生産することができる。エネルギーと原料さえあれば、場所を問わずにいつも何かを生み出すことができるだろう。発酵には変える力がある。しかし、無から生じるわけではない。魔術ではなく、代謝作用である。

 

さっそく、目の前のネーム(燻製ソーセージ)で試してみよう。