英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

垂直なる農業 Sep 2021

 

The Economist, Sep 28th 2021

 

Technology Quarterly

Urban Farming

Green castles in the sky

 

垂直なる農業

 

 

世界最高のバジルは、ジェノヴァの西、リグーリア海岸の小さな村で育てられている。日照時間と夜間気温から算出される最高の時期に、そのバジルは収穫される。ペーストにされた極上のバジルは、リグーリアの名に恥じない逸品である。

 

ジェノヴァに車で行ける人よりも多くの人々が、普通のバジルを食べているのは残念だ。リグーリア海岸のそばでさえ、自然の気候は完璧なものではない。ジェノヴァのシェフが躍り上がるほど新鮮ではないにしろ、スーパーで売られているビニール袋のなかで萎れたものよりはいい。そのシャキシャキ感とアニスのようなピリッと感は、本物に極めて近い。それがブルックリンの駐車場の裏手にある、輸送コンテナのなかで栽培されている。礼拝堂を少し下ったところ、ガソリンスタンドの角にある。

 

 

これらのコンテナハウスは垂直型ファームである。作物は横にではなく縦に(上に)並んでいる。そのため、普通の農場では考えられないほどの栽植密度となっている。この農場のオーナーSquare Rootsは、ここでフレッシュなハーブを育てており、ニューヨークの小売100店舗に、排出ガスゼロの電気三輪車で24時間以内に配送している。この会社はミシガン州のGrand Rapidsにもっと大きな工場を有しており、さらなる拡大を目指している。

 

垂直ファームだからといって小さいものばかりではない。南サンフランシスコのPlentyという農場は、8,100平方m(2エーカー)という規模であり、通常の農場の300倍の生産性があるという(自称)。同様の大規模垂直ファームは、UAEとスイスにおいても進行中である。中国でもそうした垂直ファームを上海近郊に建設する計画がある。

 

 

いずれの垂直ファームも、いくつか共通の特徴をもつ。まず、土を使わない。作物は空気中の養液ミストで育てられるか、コンテナ内の養液に浸されて育てられる(養液は絶え間なく循環している)。

 

こうした方法により、水の使用量が通常よりかなり抑えられる。土を使わないので、根の摂取する養分レベルのコントロールが正確にできる。雑草や微生物、その他の害虫などは土がないと生きられないので、垂直ファームではそれらの発生がほとんどない。また、使用される水は循環してリサイクルされるため、一般水系へ富栄養水が流出することはない。魚の養殖と組み合わせたものもあり、植物が魚のエサとなり、魚の排出物が植物の栄養となる(アクアポニックという)。

 

 

日光もいらない。LEDの光が、混み入った葉っぱ全体に当たるように配置されている。問題は、LEDライトの電気代である。この点に関して、現在LEDの価格は落ちており、今後LED1キロワットが生成する光量は増加していくという話がある。いわゆるハイツの法則であり、LEDの光効率が10年ごとに改善されていくという。たとえそうだとしても、光と温度を調節するコストはそれなりに高い。

 

今のところ、ハイツの法則によらなくとも事態は改善している。垂直ファームで使用されるエネルギーは、そのほとんどが電力である。電力網における再生可能エネルギーの枠がふえれば、より環境負荷が減り、電力供給者の燃料コストが下がれば、電力も安くなる。垂直ファームでは、電力の需給に応じて昼と夜の時間帯を調整することができる。電力の安い時間帯を昼とし、電力の不足する時間帯を夜とすることができるのである。

 

 

コントロール、これこそが最大の強みである。光量、温度、栄養などを直接コントロールできるので、作物の生長に合わせた最適化が可能である。育てる作物も選ぶことができる。生長が早く、重量が軽く、利益率が高いものが現在、多く栽培されている。高品質のハーブや葉物野菜などは、年間を通して地元の需要が確保されている。

 

ベリー類が次に選ばれる。ベリー栽培は多量の殺虫剤を必要とし、長距離輸送に耐えられるような品種が栽培される。そして、甘く香る真っ赤に熟したベリーが7月に収穫される。11月の棚に並んでいるのは、不味くて色付きのあまいゴルフボールのように硬いものばかりだ。ところが、垂直ファームで光と温度、栄養素をコントロールすることによって、一年を通して都市部でも旬のジューシーさをもったベリーが食べられるようになる。

 

 

コントロールにはデータが必要だ。垂直ファームでは、通常の農場ではどんなに精度を上げても得られないようなデータを保持している。ファームの規模が大きくなるほど、情報量も膨大になる。理論的には、より良く、より効率的になっていく。Square Rootsのブルックリンファームの経営者Anya Rosenは言う、垂直ファームはまったく自然ではない。自然とは正反対だ。巨大ロボットが植物を育てているようなものだ、と。

 

その言葉自体は、魅力的に響かないかもしれない。だが、健康・自然・純度・環境、この4つの観点から評価するならば、垂直ファームは高得点をかせげる。植物をとりまく栽培技術は、植物それ自体に比べて決して不快なものではない。植物が整然と積み重ねられているファームの冷たい明るさは、自然なものではないが、明らかに洗練されている。閉ざされた空間は、外界を害するものでもない(化石燃料に由来するエネルギーを大量消費しているのだが)。

 

 

こうした利点を考え、目的をもった投資家たちは垂直ファーム企業に資金を注ぎ込んでいる(多大なエネルギーコストも承知して)。Plentyは5億4,100万ドル(約600億円)を6回の資金調達から得ている。SPAC(特別買収目的会社)は、ニュージャージー州のAeroFarmsを近々買収する。AeroFarmsはニューアークの古い工場を巨大な垂直ファームに仕立てあげた。彼らは収益化する以前から、こうした事業をおこなっているのである。

 

環境保護論者にとって、垂直ファームは脇役にすぎない。実際の農業が環境に与えているストレスの方がずっと大きい。垂直ファームは、地球環境にそれほど大きな負荷を与えなくても、ビジネスとして十分に成立する。都市部の富裕層をターゲットにするだけでもやっていけるだろう。それでも、垂直ファームが環境保護論者にとって無害なわけではない。植物由来の食肉が、消費者に食を考えるきっかけを与えたことと異なり、いったい味はどうなのかということである。さまざまな実験的栽培を通して、効率と品質はともに向上していくだろう。

 

 

垂直ファームは、世界の農業のやり方をすぐに変えることはないだろう。多くの投資家たちは、いつ参入するか、どの企業を支援するかを見誤っている。たとえ投資家が支援した企業が大きくなったとしても、短期もしくは中期的な見通しでは、都市部の富裕層に食を提供するだけにとどまるだろう。

 

世界がもっと裕福に、もっと都市化されたのならば、垂直ファームは良いビジネスになるはずだ。当然、環境にとっても好ましい(メインストリームにはならなくとも)。しかし、時代はもっと先へいっているかもしれない。農業には、エネルギーを食料に転換してきた長い歴史がある。20世紀の農業は、トラクターをはじめとする機械類、化学肥料、そして農薬などすべて、化石燃料を用いてその生産性を向上させてきた。石油などに蓄積されていたエネルギーが、食料の増産に寄与してきたのである。

 

21世紀の中頃から後半にかけて、クリーンで安価な電力による人工光や室内環境のコントロールは、このまま続けられていく。だからといって垂直ファームがすぐに資金回収できるわけではない。しかし、19世紀には想像できなかった農法が、この20世紀にはある。同様に、21世紀の農業は、生産性、環境性などにおいて今日を凌駕していることだろう。もちろん高さに関しても。