英国誌「The Economist」を読む人

イギリス「エコノミスト誌」を読んでいます。

日本政治にサムライなし Sep 2021

 

The Economist, Sep 4th 2021

 

Banyan

The missing warrior

 

日本政治にサムライなし

 

 

七人の侍」のポスターが、甘利明の会議室に飾られている。甘利氏は政府与党たる自民党Liberal Democratic Party, LDP)の重鎮だ。ゲームデザイナーによってデザインされたこのポスターは、2019年の参院選のために作成されたものである。中心にいる侍は、当時の首相、安倍晋三であり、脇にひかえるのが甘利氏と菅氏である。菅氏はおよそ8年間、安倍政権の官房大臣(chief cabinet secretary)を務めた。

 

安倍前首相が退いた一年前に、菅氏は自民党の総裁、すなわち日本の総理大臣になった。菅氏はもともと裏方(shadowy side)を得意としていが(立法とやり合ったり、官僚にはっぱをかけたり)、表舞台は向いていないようだった。その菅氏が首相になって、どんなリーダーシップを見せるのか、期待も不安もあった。一年経って、その結果がでた。いまいち(poorly)。就任当初70%あった支持率(approval rating)は、現在30%にまで落ち込んでしまっている。

 

 

ここ一年、自民党補欠選挙や地方選挙などで、苦しい結果がつづいた。それらは皆、菅首相に対する厳しい評価である。この秋には衆院選も控えている。その前に、9月29日の自民党総裁選挙に勝たなければならない。このまま菅首相でいくのか、自民党の、とくに若手議員(younger backbenchers)などは望むところではないようだ。

 

菅政権にも良いところはあった。いままで愚図ついていた気候変動への取り組みに対して、菅首相は2050年までにカーボンニュートラル(carbon neutral)を達成するという明確なゴールを示した。そして、その問題解決のために、いままでの古いやり方ではなく、デジタル技術を駆使する方向に舵をきった。コロナ対策に対しても、政府が曖昧で愚鈍だったにもかかわらず、日本の死亡者数は、絶対数でも人口比でも、どのG7の国々よりも優秀だった。

 

 

しかし、菅首相のコミュニケーションはまずい。そのスピーチは無感情で、まるで官僚が報告書を読んでいるかのようだ。国会の議論の場でも、菅首相は自らの政策を主張するというよりか、議事妨害をしているときも多い。共産党志位和夫党首は「菅首相はしゃべらない」と言う。

 

なぜ、菅首相はそんなに冷めているのか。秋田で育ったからだと言う人がいる。雪国の人は寡黙である。もしくは、貧しい農家の出身だから、根っからの議員たち(たとえば安倍前首相の祖父は総理大臣で、父は外務大臣)になじめないのか。いちいちもっともな説が語られている。

 

いちばん納得のいく説明は、菅首相は政略の人ではなく、政策の人(man of policy)だというものだ。総裁選で菅首相を支持した甘利氏は言う、「菅首相にとっては、結果がすべてなのです。人々に説明していくという過程は、どうも苦手のようです」と。

 

 

残念ながら、菅首相の欠けているものこそが、今の政治的リーダーに切望されているものだ。危機のときほど、国民は政治家たちに同じ気持ちでいてほしい、と若き自民党議員は言う。「菅首相からは、そうした同情(sympathy)が感じられない」。昔なら、政治家はそれでよかった。喜怒哀楽を色にださず(colourless)、語る言葉も少なかった。「いまの日本で、それはもう通用しません」と、ずっと日本政治を見てきたGerald Curtisは言う。

 

そうしたマイナスを考慮しても、菅首相が次の自民党総裁選挙に勝つ公算は高い。最新の調査でも、自民党内では菅首相が最も多くの支持をあつめている。なにより、安倍晋三麻生太郎、二階堂俊博、この長老3人が味方についている。この体制はしばらく揺るぎそうにない。菅首相を圧倒できるほどの人物が他にいるとは思えない。

 

 

たとえ菅氏が首相らしくないとしても、その座が揺るがないというのは、日本政治の悲しいところだ。自民党が選挙で多数議席を失ったとしても、野党に政権がとれるとは思えない(それほどの人気は現野党にない)。しかし、自民党内の競争だけでは、次のリーダーは育ちそうにない。

 

「かつて自民党にあった躍動感(dynamism)が、いまは失われてしまったのです」と、Gerald Curtisは言う。現在の日本の政界にあって、もはやサムライは一人もいなくなったようだ。

 

注:2021年9月3日、菅首相は次の総裁選への不出馬を表明した。