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静かなる日本国債 Aug 2021

 The Economist, Aug 28th 2021

 

Finance & Economics

Buttonwood

Closed for business

 

静かなる日本国債

 

 

8月3日、店頭デリバティブ取引(over-the-counter trading)において、日本の10年物国債(ten-year government bond)を買う人は誰もいなかった。世界第2位のソブリン債(sovereign bond)市場における、このような静けさ(lull)は、かつては異例の事態であった。しかし、この市場が干上がるのは初めてのことではない。東京市場におけるかつての熱狂が冷めて、はや5年が経過した。

 

懐疑的な人々にとって、中央銀行による大量の量的緩和(quantitative-easing)が、このような結果になるであろうことは先刻承知であった。日本銀行による国債の買い占めが、基準となる債権の供給不足をまねき、価格の変動(price volatility)と投資家のリスク管理が適正におこなわれることを妨げてしまっている。金融機関はまともな運営ができなくなるだろう。しかし、興味深いことに、干上がっている日本市場にはそうした傾向がほとんど見られない。債権の売買で生計を立てていた貧しき人々以外の誰が、心配で眠れなくなっているのだろう。

 

 

おそらく、歴史上、量的緩和の中心舞台となってきたのは東京だった。1930年代の大恐慌にあって、日本の大蔵大臣は国債のすべてを日本銀行に引き受けさせた。2001年、日本銀行が小規模の資産購入プログラム(asset-purchase schemeを実施したとき、日本は現代版量的緩和(modern QEの発祥地となった。

 

過去8年間における日本銀行による国債買い入れ額は、驚くべきスケールである。日本銀行の資産はGDPの130%にのぼり、ECB(ヨーロッパ中央銀行)の2倍近く、アメリFRB連邦準備制度)の4倍にせまる。日本銀行は日本国内のソブリン債のほぼ半分を所持している(日本政府による債務管理が、長年の経済停滞をまねいたため、多額のソブリン債が残されている)。その大半は民間金融機関(commercial bank)、国内および日本に拠点をもつ海外の投資機関によって購入された。2012年時点、金融機関は国債の40%を保有していたが、現在は13%以下である。彼らはいつも大量の債権を売買しているが、その流れが堰き止められれば当然干上がってしまう。

 

国債の買い入れを経済刺激策(economic stimulus)の中心にすえることは、日本の経験からもわかるように政策手段(policy tool)の信頼を損なう。2012年からつづく巨額の資産買い入れが、健全なインフレの促進につながらなかったことは明らかだ。2024年までにインフレ率が2%になるとは、日本銀行も思っていない。

 

 

恐れるべきは、市場の好ましくない反応であろう。債権のディーラーは、流動性の低さやスプレッド(売買価格の差)の大きさに泣かされている。債券価格は、日本銀行による利回りのコントロールによって、安定したレンジ内に保たれている。民間部門(privete-sector)の平均貸し出しレートは、底をうっている。巨額の量的緩和は、追加のプログラムによって日本銀行が積極的に民間部門に貸し出しをおこなったため、その効果は打ち消された。コロナウイルスは昨年3月に猛威をふるったが、日本銀行国債という形で24兆円以上を民間部門に貸し出した。そのほとんどは地方銀行へ供給されたが、それはドルのスワップ枠にアクセスするためである。資産価格と広範な金融市場における低金利を懸念するのはもっともであるが、日本においては国債市場が正常に機能するのかどうかのほうが不安材料であろう。

 

債券市場を活性化させる直接的な結果がなければ、量的緩和や金融政策も言葉がない。経済に変化をおこしてこその政策である。経済の現状はそれ以上でもそれ以下でもない。

 

 

債券市場の動きは、投資家の期待に対する有益な情報を、成長growthとインフレに変えていくものである。しかし、日本では成長とインフレの双方が頑ななまでに低いレベルにとどまりつづけており、活発な取引から得られるはずの有益な情報がほとんどない。量的緩和によって取引が殺されてしまったのかもしれないが、最終的には、停滞した経済(stagnant economy)と動きのないプライス(static prices)によって取引デスクは安楽死してしまった。

 

日本の事例は、他国にとって最高の反面教師となるかもしれない。過去30年が示したように、現在の東京で起こっていることは、ほかの先進国の明日の姿となりうる。東京と似たような経済状況に直面したとき、国債の買い入れがいかなる結果を生むのか、市場が機能不全に陥らないようにしなければならない。

 

 

The Economist, Aug 28th 2021

 

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