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農地は北へ Aug 2021

 

The Economist

Aug 28th 2021

 

International

Agriculture

Farming’s new frontiers

 

農地は北へ

 

 

Tom Eisenhauerはカナダ中部のマニトバ州Manitobaを、10年前にドライブしたときの光景をおぼえている。小麦、豆、キャノーラ(西洋アブラナ)など、寒冷地(cold-weather)の作物が広がっていた。収益でいえば、メイズ(とうもろこし)や大豆など密植できる作物(dense staples)を栽培したほうが儲かるわけだが、それらはほとんど見られないか、はるか遠くにあった。

 

そうした光景はいまや、まったく違ったものになっている。5,300平方km以上にわたり大豆が植えられ、1,500平方kmものメイズ(とうもろこし)がつづいている。

 

 

Mr Eisenhauerの会社、Bonnefield Financialは、気候温暖化により変化するカナダの農業(Canadian agriculture)から収入を得ている。マニトバ州をはじめ他の地域でも土地を買って、農家に貸し出している。(カナダでは)気候が温暖化するほどに、土地の価値は高くなっている。従来栽培されてきた作物よりも、より商品価値の高い作物を育てられるようになったからだ。

 

かつての寒いカナダでは、作物の生産性が低かったが、温暖化がすすめば痩せ地が豊穣の土地(cornucopia)に化ける可能性がある。Mr Eisenhauerはそれに賭けている。逆に、いままで何百万の人々を支えてきた土地が、温暖化により駄目になる危険もあるのだが。

 

何世紀ものあいだ、耕地は増えつづけてきた。1,700エーカーだった耕地や牧場は、5倍に広がった。そうした拡大のほとんどが20世紀中頃におこなわれている。1960年代、化学肥料(chemical fertilisers)の普及や、品種改良による穀物の高収量化、灌漑設備や農薬、そして農業機械などにより、生産性は大きく高まった。近年では、遺伝子操作(genome editing)ビッグデータの解析により、さらに収量があがっている。

 

 

20世紀の終わりごろにはじまった世界的な気温の上昇により、農業生産性の伸びは鈍化したものの、止まってしまったわけではない。コーネル大学の最近の研究によれば、1971年以来、人間活動による気候変動によって、農業生産性(agricultural productivity)の成長は20%ほどスローダウンしている。

 

気候変動のおこした「向かい風(head wind)」は強まるばかりだ、とAriel Ortiz-Bobeaは言う。彼らの研究によれば、気温が上昇するほど農業生産性への悪影響は大きくなる。とくに熱帯地域など、すでに高温の場所ほど影響をうけやすい。

 

ある研究によれば、平均気温が1度上がるごとに、トウモロコシは7.4%、小麦は6%、米は3.2%生産性が落ちる。これら3種の穀物は、人類の消費するカロリーの3分の2を占めている。

 

 

世界の人口は今後も増えつづける。アメリカの保健指標評価研究所(Institute for Health Metrics and Evaluation、IHME)によれば、2064年までに世界人口は78~97億人に増加する(その後は減少する)。途上国のミドルクラスの増加により、食生活はより多様化するだろう。

 

農業地帯の温暖化は深刻だ。熱帯地域が広がり、亜熱帯地域の降雨パターンに変化をもたらす。極地の温暖化はとりわけ早く、高緯度地域の氷雪がとけだす。北アメリカや中国などでは、平均の倍のスピードで気温が上昇していく。

 

カナダのマニトバ州でMr Eisenhauerがすでに体験しているように、作物は極地へむかって北上をはじめている。

 

2020年、ネイチャー誌に発表されたコロラド州立大学の研究によれば、1973~2012年までの40年間で、天然の降雨にたよる作物(rain-fed crops)に著しい変化がおきているという。その土地で何を栽培するのか、農家の選択は大きく変化している。たとえばトウモロコシは、アメリカ南東部からより北の中西部へとうつった。小麦もだいぶ北へ移動したが、灌漑設備の進化によって、なんとか温暖化のペースをしのげている。現在、作物の育てられる最も暑い場所は、1975年のそうした場所よりも、ずっと涼しい。

 

 

大豆は家畜の摂取するタンパク質の65%を占める。飼料用のワンダービーンは、その栽培エリアを北と南、両方にのばしている。新品種と改良によって熱帯地域でも栽培できるようになった。中国で栽培されている米も、1949年にくらべて、栽培の北限をのばしている。ワイン用のぶどう、およびその他のフルーツも同様に北方へと進出している。

 

投資家たちは、いずれ直面するであろう温暖化に備えて、カナダの土地を買いはじめている、とMr Eisenhauerは言う。農業投資会社WestchesterのMartin Daviesによれば、そうした傾向は世界中で見られるという。

 

果敢な投資家たちは、現在まったく農業がおこなわれていな土地の可能性まで探っている。さしあたっては針葉樹林のひろがる北極圏(Arctic Circle)の南部である。ここではオーツや大麦などの硬い穀物(cereal)が育つ可能性がある。2018年に発表されたレポートによれば、2099年までにそうした地域の75%が農地になりうるという。そうなれば、スウェーデンの農地は8%から41%に、フィンランドでは51%から83%へと増加する。

 

 

農地を北へとひろげる努力は、個々の利益のために行われるだろう。しかし、森林を切り倒し、その土地を掘り起こせば、地中の二酸化炭素を放出してしまうことになる。気候への影響は、われわれが考えるほど単純ではない。ひらけた農地よりも、針葉樹林のほうが太陽熱をより吸収できる。なぜなら雪のつもった平らな農地は、太陽光を反射してしまうからだ(森林の場合は、樹木の下に雪があるため、雪に太陽光は直接はあたらない)。とはいえ、森林の伐採が気候変動へ影響するのかどうかはわからない。それでも、生物多様性やエコシステム、野生生物、とりわけそこに住む人々には影響をあたえることになるだろう。

 

各国政府のなかには、気候変動を積極的に利用しようとする動きがすでに見られている。ロシアは、温暖化は恩恵であると昔から言っている。ロシアのプーチン大統領は、こう言っている。温暖化すれば高価な毛皮を買わずに済むし、もっと穀物が育てられるようになる、と。2020年、国家の行動計画のアウトラインが示された。たとえば農地を広げるなど、気候変動の強み(advantage)を活かそうとするものだ。2015年にロシアが世界最大の小麦生産国となったのは、ひとえに温暖化のおかげである。

 

ロシア政府は、極東の数千平方kmもの土地を、中国・韓国・日本の投資家たちに貸し出しはじめている。そうした土地の大部分は、かつて生産性の乏しい土地だったが、いまでは大豆が育てられるようになっている。収穫された大豆は中国に輸出される。中国にとってはアメリカから輸入するよりも好都合だ。ロシアの農業副大臣Sergey Levinはこう言っている。ロシア極東の農地で生産される大豆の輸出額は、2024年までに6億ドル(660億円)に達するだろう。この数字は2017年のほぼ5倍である。カナダ北東部のニューファンドランドとラブラドールではロシアと同様に、北部森林地帯へ農地を広げようとしている。

 

 

二酸化炭素は温暖化ガスというだけではない。植物にとっての二酸化炭素光合成をする原材料であり、そこからエネルギーを得ることができる。二酸化炭素が多いほどに、植物は育つ(その他の条件が同じならば)。人類が過去一世紀に蓄積した二酸化炭素のおかげで、あきらかに植物の成長が促された。いわば地球緑化(global greening)である。当然、作物の収量も増した。しかし、この一事は必ずしも善ではない。大きな作物に、より栄養があるとはかぎらない。

 

さらに、気候変動によって降雨のパターンが変わってくるだろう。それは寒冷地の農業にとって好ましくないかもしれない。農業ができるくらいに温暖になった地域でも、しっかりした灌漑設備なしでは水が足りなくなる可能性がある。逆に雨が降りすぎても都合がわるい。温暖化により生息域を広げたのは農作物だけではない。冬の寒さで死んでいたはずの害虫や病原菌も、生き延びようになるだろう。土の問題もある。質の高い作物の多くは、北方よりも低緯度地域で多く栽培されている。

 

シベリアでは、既存のインフラが永久凍土の溶融によって破壊されてしまっている。新たに農業をするにはお金も時間もかかる。新しい農地を開拓するには、多くの労働者を確保しなければならない。そうするには海外移民にたよらざるをえない。しかし、先進国ほどそれを望まない。

 

総じて、農地の北方進出は気候変動のダメージを、いくぶんやわらげることになる。それが可能なのは、富裕国の人々であろう。収入の大部分を農作物の輸出に頼るような貧しい地域では、難しいだろう。

 

現在のように多様な食物を豊富に生産しつづけるには、農業をより幅広く行わなければならない。作物の耐暑性の向上、品種改良、灌漑設備、災害への対策など、多くの努力が必要とされる。先進国であれ途上国であれ、食物の無駄はまっさきに減らさなければならない。国際連合食糧農業機関(FAO)によれば、食物の3分の1以上が廃棄されている)。気候変動に適応しきれないのであれば、世界は今までよりも空腹で不平等になるだろう。

 

 

The Economist

Aug 28th 2021

 

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