英国誌「The Economist」を読む人

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眞子さまの御結婚 Oct 2021

 

The Economist, Oct 27th 2021

 

Asia

Japanese society

The sun, the moon and the ponytail

 

皇室の結婚

 

 

眞子さまと小室圭氏が初めて出会ったのは2012年、2人が大学生のときだった。眞子さまは小室氏を「太陽のような明るい笑顔」といい、小室氏は眞子さまを「月のように静かに見守る存在」と讃えた。眞子さまが留学中も交際はつづき、2017年、婚約に至った。

 

ところが、思わぬ問題が発覚した。タブロイド紙が言うには、小室氏の母親が元婚約者に対して400万円の借金があり、未返済のままだというのだ。コメンテーターは小室氏の結婚をカネ目当てと評し、眞子さまへの気持ちを疑った。こうした騒動をうけ、結婚は延期、小室氏は法律を学ぶためにアメリカへと発った。だが、依然騒動はおさまらなかった。小室氏が今年帰国すると、日本のメディアは彼の髪型の揚げ足をとり、眞子さまに相応しくないと断じた。

 

1026日、ついに結婚は成った。しかし、公式に式を挙げることはしなかった。それにも関わらず、同日、小さいながら街頭抗議がなされた。大方の見方では、一連の出来事にスキャンダル的なものはない。日本社会は変化しているのも関わらず、関係機関はそれに順応することができていない。

 

 

皇室という存在も難しい。日本の皇室は世襲王家としては世界最長であるからか、現代メディアに対する対応は鈍い。宮内庁は行事に対する管理に卓越しており、儀式も事細やかである。しかし、大衆との関係性には苦慮している。今回の結婚に関しても、間違った情報を修正する姿勢はほとんど見られなかった。

 

皇室の女性に対して厳しすぎることころもある。日本の女性が日頃受けている性差別が行き過ぎた形だ。眞子さまは今回の一件でPTSD心的外傷後ストレス障害)と診断されている。現天皇の妻である雅子皇后は、男子を儲けなければならないという重圧から心を病んだ。美智子上皇后1960年代と1990年代にストレスによって声が出なくなっている。

 

 

天皇家のメンバーは将来的に少なくなっていく。眞子さまは民間人と結婚されたことにより、皇室を離れることになる(男性の場合、離れる必要はない)。眞子さまが去ることにより、皇室のメンバーは17人となり、そのうち、男性だけが皇位継承権をもつ。つまり現在、たった3人だけがその権利を有していることになる。日本の与党、自民党は女性の皇位継承を認めようとしない。

 

日本の政治はとりわけ社会問題に対して、少数ながらも声高な保守派の言いなりになってしまう。そのことが、この件からもハッキリとわかる。最新の世論調査によれば、眞子さまと小室氏の結婚はほとんどの国民に歓迎されている。また、女性天皇に関しても85%が賛成である。監督機関よりも大衆がずっとリベラルであるのは、同性婚夫婦別姓に対しても同様である。そのどちらも日本の法律では禁じられている。

 

眞子さまと小室圭氏は、自国の古いしきたりに囚われることなく、結婚を決意した。まるでイギリス王家のカップルのように。両組はアメリカで会う日があるかもしれない。

  

 

COP26に向けて Oct 2021

 

The Economist, Oct 30th 2021

 

Leaders

Climate change

COP-out

 

COP26に向けて

 

 

雨が毎日降るからさ、と十二夜(Twelfth Night)の終わりでフェステは言う(シェークスピア)。COPが毎年あるからさ。1995年以来、各国は気候変動に関する国際連合枠組条約 (United Nations Framework Convention on Climate Change)に毎年参加してきたが、パンデミックのため2020年だけは開催が見送られた。過去のCOPは以下のとおり。2007年バリ・アクションプラン、1995年ベルリン・マンデート、1995年京都議定書、2011年ダーバン・プラットフォーム、2009年コペンハーゲンにおける手痛い失敗、2015年パリ協定。こうした努力にかかわらず、温室効果ガスは増え続けており、気候温暖化は進行している。いつものことだが、毎回、最後のチャンスである。

 

外交官、科学者、ロビイスト、活動家、芸術家、メディア、政治家、ビジネスマンらが10月31日からはじまるCOP26のためにグラスゴーに集まる。すべてを却下することも容易だが、それは間違いだ。UNFCCC(気候変動に関する国際連合枠組条約)とCOP(気候変動枠組条約締約国会議)は欠陥もあるが、歴史的に重要な役割を担ってきた。化石燃料だのみの人類の繁栄を根底から変革しなければならない。

 

COPが重視される理由の一つは、実際に将来を変えることができるからである。総意に基づくルールとして、努力目標が定められる。パリ協定においては19世紀に比べてプラス2℃以下に気温の上昇を抑えることになっている。これは先進国も途上国も変わらない。今回のグラスゴーにおいては、パリ協定のターゲットにむけた一層の努力、そして新たな国際誓約が盛り込まれるであろう。とはいえ、目標を達成するためには、野心が欠けるかもしれない。

 

 

UNFCCとCOPにおけるプロセスが重要であるのは、科学者、外交官、活動家、そして世論が、現在の世界が取り組まなければならない基本的な事実を認識するための、最良の仕組みだからである。約80億人が物質的に快適な生活をおくるためには、石炭・石油・天然ガスありきの経済では限界がある。二酸化炭素の排出量があまりにも多くなってしまうために、化石燃料による発展は停滞してしまうからだ。

 

今週の特別レポートにもあるように、この論理がハッキリあてはまるのはアジアである。アジアでは15億人あまりが熱帯に暮らしている。何億もの人々が海沿いに住んでいる。経済をさらに発展させるためには、より多くのエネルギーが必要になる。過去数十年間のように化石燃料だけを当てにするのであれば、洪水、台風、熱波、旱魃などに対応するために多額の費用がかかってしまい、決して豊かになることはできない。温暖化がすすめば、現状を維持するだけでも何倍も苦労するだろう。排出ゼロのテクノロジーが、彼らを解放してくれるかもしれない。無限のエネルギーを利用できればの話だが。

 

長期的に成長をつづける唯一の方法は化石燃料に頼らないことである。排出ガスが増加しているアジアの国々は将来的に排出を減らさなければならない。先進各国の排出量はすでに減少している。インドはこうした不公平を声高に指摘し、今のところカーボンニュートラルを受け入れていない。インドは言う、過去に排出した分の責任をとるべきだ、と。

 

 

たとえそうかもしれないが、インドもしくは同様の他国にとっての問題は、排出を削減するためのコストが膨大であり、それらは次世代の重荷となってしまうことである。次世代の大多数は途上国に暮らしており、そこではリーダーシップの弱さから未来が安定しない。アメリカがパリ協定に復帰したからといって、突然頼れるパートナーになるわけではない。最大の排出国である中国も同様である。中国の影響力は莫大であるが、いまのところ形だけの公約ばかりで、実質がともなっていない。コストを平等に分担するための多国間制度は脆弱であり、全会一致のコンセンサスを得られるわけではない。

 

がっかりするかもしれないが、UNFCCとCOPが変化を起こすための最良のフォーラムである。議論が尽くされるまでは、大胆かつ迅速な行動を起こすことが最善の反応である。ヨーロッパなどの先進諸国が、他の国々が納得するよう、先陣をきるべきだ。

 

気候変動に関しては、すべての国が一斉に前進するにはどうすればよいか、見極めなければならない。メタンの排出を大幅に削減することは急務である。脱二酸化炭素のために途上国を支援することは、民間部門に対する政府投資のリスクを減らすことになる。それと並行して対応のための援助も増やさなければならない。イノベーションをさまざまな方法で奨励するべきだ。アメリカの45Q(CO2税額控除)は拡大されるべきであり、ヨーロッパでも行うべきである。

 

 

代替エネルギーが十分でないままに、化石燃料への投資が落ち込んでいる。近頃の価格高騰によって事態は一層悪化した。長期的に化石燃料の価格が上昇していくことは必要なことであろうが、急騰したり急落したりでは有害でしかない。各国政府は代替エネルギーへと先走りする前に、現行のシステムに余裕をもたせる仕組みを構築しなくてはならない。化石燃料の価格が落ちるときが、切り替えるべき良い時節となるだろう。

 

一時的な救いを化石燃料にもとめるわけにはいかない。インドの首相Narendra Modi、オーストラリアの首相Scott Morrison、ウェストバージニア州上院議員Joe Manchin、彼らは化石燃料の時代が終わるとは決して言わない。エネルギーを移行する計画をたてる責任を回避しようとしているとしたら、まったくの臆病というよりほかない。実際、オイルとガスが一夜にして不要になるわけではないが、終わりに向かっていることは確かだ。石炭も手仕舞わなければならない。

 

答えられていない質問がある。パリ協定では大気中の二酸化炭素を減らすことを目標にかかげている。しかし、誰がやるのか?誰が金をだすのか?太陽光を減光させるソーラー地球工学に解決策をもとめる国があるかもしれない。それは可能なのか?もしできなかったとしたら、その過ちを修正できるのか?

 

フェステは変わらぬ世界を嘆いた。制御不能の変化は、気候危機につながってしまう。それでも、変化する事象に対応していくことで、誰もが長期的な繁栄を謳歌できる世界にすることができる。有限な化石燃料による時代が完全に終わってくれれば、未来は最高になるだろう。

 

 

ブタ肉処理工場において Oct 2021

 

The Economist, Oct 23rd 2021

 

Britain

Agriculture

Making a pig’s ear of it

 

ブタ肉処理工場において

 

 

食肉処理場に着いたブタは狼狽えていた。二酸化炭素の充満した小部屋に入れられると、そのまま倒れた。そして、解体ラインへと送られる。食肉処理者はブタを逆さまに吊るすと、喉を割いて内蔵を取り除いた。電気ノコギリで骨ごとにバラされ、肉が削ぎ取られる。肉が切りそろえられると、パッキングの準備は完了だ。なかなかハードな仕事だ。血に塗れ、惨めな気分になる。こうした仕事をマスターするのに3年はかかる。

 

イギリスでは、こうした職人が不足している。The National Pig Associationによれば、125,000~150,000頭の豚が加工待ちだという。ボリス・ジョンソン首相は問題を大きくしたくなかった。10月14日、政府は食肉関係者に対して、6ヶ月の新たなビザを800件交付することに決定した。これで何百、何千という豚が無駄にならずに済むだろう。

 

問題は中国からはじまった。昨年、イギリスの豚肉の半分近くが中国に輸出されている。今年に入り、中国の養豚農家はアフリカ豚熱ウイルスの打撃から回復し、豚肉の輸入量が減少した。その結果、熟練の食肉処理者が必要になったのである。「中国の輸出用なら、脚ごと送ればいいのですが、イギリス国内向けの場合は、ステーキサイズにまで切り分けなければならないのです」と、特殊法人the Agriculture and Horticulture Development BoardのBethan Wilkinsは言う。

 

 

影響はヨーロッパ中に広まったが、イギリスではさらなる問題もあった。9月、二酸化炭素の在庫不足に見舞われたのだ(豚を気絶させるためだけではなく、パッキングの際にも用いられる)。ブレグジット後の新たな移民法の、特に言語に関する部分も問題になっている。the British Meat Producers AssociationのNick Allenは言う、「食肉処理者の多くは自分の手で仕事をしたいと思っています。彼らが母国語の試験をパスできるかはわかりません」と。

 

現代の養豚農家は脆弱である。Mr Allenは言う、「至上命令は、季節に関係なく、毎週毎週一定数を出荷しつづけることです」と。動物福祉に関する法律によって、飼育される豚には身体の向きを変えたり、自由に横になれるだけの十分なスペースが必要とされる。たとえスペースを確保できたとしても、ほかにも問題がある。エサの値段が高く、大きな豚を解体するのにも費用がかさむ。雄豚の汚れ、老豚の食味、去勢豚なども問題になる。

 

もし食肉処理場で殺すことができない場合、農場で殺すことになる。そうなると、法的には食肉として販売することができない。業界関係者は新たなビザを歓迎している。イギリスには1万人以上の食肉処理職人が必要である。政府は死体を3~6ヶ月間保管できるようにする“private storage aid”というプログラムを立ち上げようとしている。また、食肉生産者への減税も考えている。長期的には、自国民でこの産業を切り盛りしていきたいと思っている。しかし、問題なのは皆動物好きだということである。

 

 

ナイジェリアの闇 Oct 2021

 

The Economist, Oct 23rd 2021

 

Leaders

Nigeria

The crime scene at the heart of Africa

 

ナイジェリアの闇

 

 

60数年前、ナイジェリアの独立は間近であった。しかし、このアフリカ最大の国をいかに統治していくのか、確信はもてていなかった。宗主国であったイギリスが引いた国境線の中には、250以上の民族が暮らしていた。当時の政治家であったObafemi Awolowoは嘆いた、「ナイジェリアは国家とはいえない。地政学上の産物にすぎない」と。まるで19世紀のMetternichのように。

 

独立当初は、彼の嘆きそのままだった。クーデターにつぐクーデター、民族の大虐殺は内戦に火をつけ、100万人の命が失われた。南東部のビアフラが分離独立を図るも、無残に失敗。軍によるナイジェリアの支配は1999年までつづいた。この不穏なスタートにもめげず、今のナイジェリアはエネルギーに満ちている。サハラ砂漠以南のアフリカでは6世帯に一つがナイジェリアに住んでいる。ナイジェリアは大陸一破天荒な民主国家である。アフリカ最大の経済は、大陸のGDPの4分の1を稼ぎだす。ナイジェリアの映画産業Nollywoodは、インドのBollywoodを除けば、どの国よりも多くのタイトルを生み出している。サハラ以南のアフリカには4つのユニコーン時価総額10億ドル、約1,100億円以上のスタートアップ企業)が存在するが、そのうちの3つがナイジェリアから生まれた。

 

では、なぜナイジェリアの若者が国を出たがるのか。理由の一つは恐怖である。北東部ではイスラム聖戦士がカリフによる支配を確立しており、北西部ではギャングによる誘拐が横行している。産油地帯である南東部では、ビアフラの独立気運が再燃している。暴力におびえるのは、ナイジェリア国民2億人だけではない。近隣国家全体の安定がおびやかされている。

 

 

ナイジェリアに無関心な読者は、軽く聞くかもしれない、what’s new? と。ナイジェリアでは数十年間、腐敗と混乱がつづいている。最近の変化といえば、イスラム聖戦、組織化された犯罪、政治的暴力などが激しさをまして国中に広がっており、統治不能にむかいつつある。2021年、最初の9ヶ月で8,000万人がさまざまな紛争で命を失っている。何百、何千という人々がそうした闘争に起因する飢餓や病気で亡くなっている。200万人以上が国を離れざるをえなかった。

 

北東部におけるジハーディストの恐怖は各所に飛び火している。少女誘拐で悪名高いボコ・ハラムは数年前までベルギーほどの土地を支配しているだけだったが、いまや凶暴かつ有能なイスラム国と手を結び、ナイジェリア最大の危険組織となっている。南東部においては、民族意識が煽り立てられ、イボ人らは石油とともに国を去ろうとしている。この地域の石油はナイジェリア政府の収入のおよそ半分を占める。Muhammadu Buhari大統領はビアフラの分離独立に対して、半世紀前のような暴力をほのめかしている。

 

ナイジェリア全体において政府の権威と安全保障が保たれておらず、犯罪組織はやりたい放題である。今年にはいって、この9ヶ月間で2,200人が身代金目的の誘拐にあっている。2020年の倍の件数である。百万人あまりの子供たちは、恐ろしさのために学校に行けていない。

 

 

ナイジェリアの不安定さには2つの原因がある。病んだ経済と駄目な政府である。低成長と2度の景気後退によって、ナイジェリアは貧しくなった。石油価格が下落した2015年以来ずっとである。パンデミック以前、国民の40%が最貧ラインである一日1ドルを下回っていた。もしナイジェリアの36の州がそれぞれ独立国であったら、その3分の1は世界銀行の低所得国(一人当たり1,045ドル以下)に分類されることになる。経済停滞と貧困が相まって、内戦勃発のリスクが高まりつつある。

 

経済問題は政府の無能さと強引さに起因する。2015年に選出されたMr Buhariだが、オイルショックの際に通貨ナイラにテコ入れし、国内需要を高める目的で輸入の多くを禁止した。その結果、景気後退入りし、食料品の価格が20%以上もインフレしてしまった。政治腐敗を抑えることもできず、国民の不満は高まった。国民の多くは、石油収入の分け前にあずかっていないと怒っている。無駄遣いされているか、盗まれているとしか思えない。政治家たちはその責任を多民族もしくは他宗教に転嫁し、誰かが公正な分配以上に搾取していると非難している。その手法で票は集まるのだが、ナイジェリアはより危険な状態になっていく。

 

暴力沙汰が起きると、政府は何もしないか、無差別に弾圧する。ナイジェリアの軍隊は書類上では一流であるが、兵士の多くは名簿に名前があるだけの幽霊状態である。装備のほとんどは盗まれるか、反乱軍に売り飛ばされている。ナイジェリアのすべての州に配備されてはいるが、人数不足でスカスカな状態である。警官も人員が足りず、やる気もなく訓練もしていない。給料の低さから、守るべき民間人から強奪する始末である。

 

 

法なき状態に歯止めをかけるには、まずはナイジェリア政府が自身の軍隊に法を適用すべきである。殺人や拷問をする兵士や警官は告発されるべきだ。昨年のラゴスにおいて、警官によりデモ隊15人が殺害されたにもかかわらず、誰の責任も追求されていないのは恥ずべきことである。無罪である人々を解放せよという裁判所の命令を秘密警察が無視してはいけない。これらは道徳的な問題のみならず、実害ともなるだろう。こうした政府の横暴をみて育つ若者たちは、過激派グループの仲間入りをする可能性が高い。

 

次に、ナイジェリアは警官の数を増やす必要がある。たとえばナイジャ州では2,400万の人口に対して、4,000人しか警官がいない。国中を点々とする連邦軍が誘拐や犯罪に対処するのではなく、地元の警官がそれらを担当したほうがよい。そのための資金は軍備の無駄をけずることで捻出できるだろう。学校を防衛する費用はそれほど多額ではない。ナイジェリア軍を訓練しているイギリスとアメリカは、刑事もまた養成すべきだ。警察機能が強化されれば、分離独立の火種のある地域からの撤兵も可能になるだろう。

 

安全を講じるために欠けているのは、アイディアでも資源でもない。ナイジェリア政界のエリートが甘やかされて慢心していることである(彼らの家屋敷は安全な首都で防衛されている)。喫緊の対応がなければ、ナイジェリアは這い上がれないほどの悪循環に落ちいってしまうことになるだろう。

 

 

減りゆくロブスター Oct 2021

 

The Economist, Oct 23rd 2021

 

United States

Warming seas

Considering the lobster

 

減りゆくロブスター

 

 

Steve Trainは、いつも昼1時には仕事を終えていた。米メイン州でロブスターを獲って30年、それほど遠出しなくとも獲物はとれた。ところが今では、夕方4時になっても仕事が終わらない。岸近くにいたロブスターは、いまや冷たく深い海へともぐってしまった。温暖化の影響だ。ロブスター探しはもはや推測ゲームのようになってしまった。「むかしはみんな年中獲っていたんだがな」とMr Trainはメスカル・マルガリータを舐めながら言う。ここはポートランドの古い港に面したレストラン、Luke’s Lobsterだ。彼の船着き場であり、獲ったロブスターを売ったり、週に3~4度はランチをとったりする(ロブスター・ベーコン・レタス・トマト・サンド、ロブスター・ロール、白身魚のフライなど)。ロブスター獲りは単なる仕事ではない。「カルチャーだ」と彼は言う。

 

海の温暖化はロブスターの行動を変えただけでではない。メイン湾全体の生態系を変化させている。過去30年で、メイン湾の海水温は世界の海より99%以上上昇している。専門家は潮流の変化が原因だと言う。南方からの流れが強まり、ラブラドール海流の流入が減っている。ラブラドール海流は、北大西洋から冷たい海水をメイン湾に運んできてくれていた。「海水温の変化が大きいほど、生態系の変化も大きくなります」とメイン湾調査機関の科学者Kathy Millsは言う。温暖化により現在、メイン州において収益の高かった2種、ロブスターとオオノガイ(Soft-shell clam)の生態に変化がおきている。メイン州全体の商業的漁獲高は昨年5億ドル(約550億円)以上だった。しかし、それを今後維持していくためには、柔軟な対応が求められる。そのためには、メイン湾が年々どのように変化していくかを知る必要がある。

 

メイン州東海岸において最大の漁獲量をほこる。それは大量のロブスターによるところが大きい。メイン州における漁獲量は1988年の2,200万ポンドから2016年の1億3,200万ポンドへと6倍に増えている。その最盛期にくらべると、現在は4分の1にまで落ち込んでいる。メイン大学の海洋科学者Bob Steneckは言う、「ふたたび上向くことがあるかもしれません。しかし、そうなるまで何年ものあいだ低迷するでしょう。それが問題です」と。

 

 

Mr Steneckは言う、「研究者らはなぜメイン州の収量が落ちているのかはっきりわかっていません。専門家の多くは今後ともにつづくであろう人口増加が原因だと考えています」と。しかし、ニューイングランド南部でおこっていることを考え、工業関係者は慎重になっている。ロードアイランド州コネチカット州では、過去数十年間にわたりロブスターの収量が減っている。暖水では繁殖がうまくいかず、病気などで死んでしまうからである。

 

州全体においてオオノガイ(Soft-shell clam)の収量は2020年、2番目に多かった。商業的陸揚げの3%を占めていた。しかし、数は減りつつある。暖水に強いミドリガニ(green crab)などの捕食者に食い荒らされてしまっている。ブランズウィックで働くChris Greenは、浜でホンビノス貝(quahog)をとることが多くなったという。ホンビノス貝は高水温でよく育つため、1964年の1万7,265ポンドから2017年は130万ポンド以上にまで収量が増えている。「3年間、ずっと獲ってるよ」とMr Greenは言いながら、また新たなホンビノス貝を砂から探しあてた。10月にしては以上に暑いこの日、彼は半袖Tシャツ姿だった。

 

地元の人たちは、海岸で見られる動物が変わってきていることに気が付いている。タイセイヨウセミクジラはあまり見られなくなった。主食の動物プランクトン、カラヌス・フィンマルキクス(calanus finmarchicus)が温暖化でいなくなってしまったからだ。イカやブラックシーバスなどは高温に強いため、メイン湾でも頻繁に見られるようになった。Portland Lobster Co.では地元のエビを軽く味付けしてサラダで出していたが、メイン湾の漁業が崩壊してからは、サラダで出すのをやめてしまった。総支配人のEthan Morganは「メイン湾のエビに匹敵するものはないよ」と言う。同州のエビは甘く、付け合せに最高だった。今ではフライにしてエビを出している。「ソースをつけないと美味しくないよ」とEthan Morganは言う。

 

生態系は徐々に変化を受け入れ、人間もまた変化に順応していく。Ms Millsは変化が不幸ばかりでないことを知っている。「昔から漁業は変化に対応してきた」と彼女は言う。ロブスターの収入を補うために、Mr Trainは昆布とホタテの養殖をはじめた。Mr Greenも貝の養殖をはじめようと思っている。天然物を補うためでもあり、頼みの綱となっているホンビノス貝が厳冬で全滅したときのためのバックアップでもある。The Portland Lobster Co.では、できるかぎり地物を提供しようとつとめている。しかし、ツノザメのためにメイン湾を訪れる人はほとんどいなくなった。Mr Morganは嘆く、ツノザメの名物料理がお客の口に入らないよ、と。

 

 

即時経済 Oct 2021

 

The Economist, Oct 23rd 2021

 

Leaders

Data and the economy

Instant economies

 

即時経済

 

 

世界経済で何が起こっているのか、誰に聞けばいいのだろう。パンデミックによって、識者たちは糸口を見失っているようだ。だれが原油価格80ドルを予想できたのか。だれがカリフォルニアと中国におけるコンテナ船の待ち行列を想像できたのか。コロナに撹乱された2020年、今年の終わりまで失業率の高止まりがつづくと思われていた。現在、予想以上に物価が高騰しているが、今後ともにインフレ率と賃金が上昇していくのかは不明である。あらゆる計算や理論を駆使しても、エコノミストらは暗闇のなかでヘマをしてしまう。雇用と成長を最大化する政策とはいかなるものか、あまりにも情報に乏しい。

 

今週号で指摘されているように、混迷の時代は夜明けを迎えようとしている。世界経済は「リアルタイム革命(a real-time revolution)」に入ろうとしている。情報の質とスピードが変化している。アマゾンは食料品の配送状況をリアルタイムで把握しており、ネットフリックスはドラマ「イカゲーム(Squid Game)」に釘付けになっている人数を知っている。パンデミックによって政府や中央銀行も、レストランの予約状況の監視やカード払いの追跡をはじめた。経済を迅速かつ正確にモニターする方法は改善されている。そのおかげで、民間部門の意思決定もより良いものになっている。と同時に、政府は介入する気にもなっている。

 

経済データの改善欲求は、なにも新しいことではない。アメリカのGNPは1934年から調査されているが、当時は13ヶ月ものタイムラグがあった。1950年代、若きアラン・グリーンスパンは貨物列車の台数を数えて、鉄鋼の生産量を見積もった。1980年代にウォルマートが供給網の管理をはじめて以来、民間部門ではデータを即時に把握することで、競争を有利にすすめてきた。一方、公的部門はのんびりしていた。エコノミストの追跡する公式データは、GDPや失業率でもわかるとおり、週遅れか月遅れであり、大幅に修正されることも珍しくない。生産性を正確に計測するのには何年もかかっている。少々おおげさな言い方かもしれないが、中央銀行は目をつむって飛行しているようなものだろう。

 

 

データが遅かったり、不正確であったりすると、政策の誤りにつながり、何百もの雇用の喪失もしくは産物にして何兆ドルもの損失を招きかねない。金融危機においても、もしアメリカが景気後退に入った2007年12月にFRBが利下げを行っていれば、あれほどの大惨事には至らなかったかもしれない。実際に利下げが行われたのは、エコノミストらが数字を確認した後の2008年12月であった。インドが何年ものあいだ低成長にあえいでいるのは、経済や銀行に関するデータの信頼性が薄いからである。ECB(ヨーロッパ中央銀行)は2011年、一時的なインフレを見誤って利上げを行ってしまった。その結果、ユーロ圏は景気後退入りしてしまう。現在のBOEイングランド中央銀行)も同じ過ちを犯してしまいかねない。

 

パンデミックは変化のきっかけを与えてくれた。ウイルスやロックダウンへの効果を確認している暇はなかった。各国政府と中央銀行は携帯電話、キャッシュレス決済、飛行機のエンジンなどあらゆるものをリアルタイムで調査した。新しい理論を待っていたら何年もかかってしまう。ハーバード大学の凄腕エコノミストRaj Chettyはスタッフを大量動員してバリバリとデータを解析していった。JPモルガン・チェースは預金残高やクレジットカードの請求などの重要なデータを開示し、人々が現金を消費しているのか、それとも貯蓄しているのかを解明する一助となった。

 

こうした流れのおかげで、テクノロジーは経済に浸透していっている。支払いの大部分がオンラインへと移り、取り引き速度がはやくなっている。マッキンゼーによれば、リアルタイム決済は2020年、41%も増加したという(インドでは256億回もの取り引きが記録されている)。さまざまな機械や物にセンサーが取り付けられた。コンテナ船を追跡すれば、供給網の滞りも確認できる。中央銀行のデジタルコイン(Govcoins)はすでに中国で試験がはじまっており、50以上の国々が関心をもっている。Govcoinが普及すれば、経済動向の詳細をリアルタイムで確認できるようになる可能性がある。

 

 

イムリーなデータは政策の無駄をなくすだろう。たとえば、経済活動の低下がスランプに結びつくかどうかを簡単に判断できるようになる。政府のとる対策も改善されることだろう。中央銀行政策金利の変更による影響を見極めるのに18ヶ月以上かけている。しかし、香港では補助金を支給するのに期限付きのデジタル決済を用いている。Govcoinによって金利はマイナスになる可能性もある。正しいデータがあれば、危機の際に正確な目標を設定することができる。たとえば企業向けのローンは、バランスシートの改善には役立つが、一時的な流動性の問題をはらむ。社会保障による画一的な福祉の支払いのかわりに、仕事を失った人に即時金を渡すこともできる。デジタル決済ならば書類の必要もない。

 

リアルタイム革命によって経済的な決定は、より正確に、よりオープンに、よりルールに基づくものになるだろう。とはいえ、危険もある。新たな指標は誤解を生むかも知れない。たとえば、世界的な景気後退がはじまった

とか、ウーバーの市場シェアが縮小している、など。数字は数字であり、調査機関が骨を折って集めたデータにはバイアスがかかっているかもしれない。巨大企業はデータを溜め込み、不当に用いるかもしれない。フェイスブックは今週、デジタル決済を導入したが、いずれ連邦捜査局よりも個人消費に関して詳しくなるかもしれない。

 

最大の危険は傲慢さだ。経済全体を監視することにより、政治家や官僚は未来を先の先まで予測でき、社会を好都合に作り変えられると勘違いしてしまうかもしれない。まるで中国共産党の夢である。デジタルを駆使した中央集権だ。

 

実際のところ、数字に未来は予測できない。複雑にからみあった動的な経済は、ビッグブラザーの足元にはない。何百万という独立した企業や個人がそれぞれの思惑で行動しているのである。インスタント経済は千里眼でもなければ、全知全能でもない。退屈かもしれないが、変化を起こす力は秘められている。即時即応の理性的な意思決定によって。

 

 

【世銀レポ】コモディティー Oct 2021

 

Data: The World Bank

Commodity Market Outlook

October 2021

 

概要

 

2021年第3四半期、エネルギー価格が上昇をつづける一方で、非エネルギー価格は年初の急激な上昇が頭打ちになっている。天然ガスと石炭の価格は史上最高値をつけたが、需要の鈍化と供給制約の緩和のため、2022年には下降に転じる見通しだ。原油の価格は2021年の1バレル平均70ドル(約7,700円)から2022年には74ドル(約8,140円)に上昇すると予測されている。金属の価格は今年48%以上上昇しているが、2022年には5%の下降に転ずる見通しである。農業商品の価格は2021年には22%上昇したものの、2022年には広範にわたって安定するものと見られている。コモディティー価格の高止まりがつづけば、エネルギー輸入国の成長は鈍化し、低所得国における食料の確保がむずかしくなるだろう。さまざまなリスク要因がある。たとえば天候不順、さらなる供給不足、次なるコロナの波などなど。

 

今年のコモディティーの価格変動によって、ゼロ炭素経済への移行の難しさが際立った。都市部がその鍵をにぎる。なぜなら、エネルギー消費と温暖化ガス排出の3分の2を占めるのが都市部だからである。都市化に焦点をあてた特別レポートは、増大するコモディティー需要に関するものだ。過密な都市は、低密度な都市にくらべて一人当たりのコモディティー需要は少ない。都市化による将来のコモディティー需要の影響を最小化するためには、戦略的な都市計画が求められるだろう。

 

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Commodity price indexes, monthly

 

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Natural gas and coal prices

 

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Iron ore and base metal prices

 

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Oil price forecasts

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Global oil consumption forecasts