英国誌「The Economist」を読む人

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小惑星を動かす Oct 2021

 

 

The Economist, Oct 13th 2021

 

Science & Technology

Planetary defence

Nudge, nudge

 

小惑星を動かす

 

 

10月16日、探査機ルーシーが打ち上げられた。順調にいけば目的地である小惑星におけるミッション以上のことが期待されている。11月24日、探査機ダートもこれに続く。「二重小惑星方向転換試験(The Double Asteroid Redirection Test)」という名のプロジェクトは、ルーシー以上に実際的な目的がある。小惑星の軌道を変えられるかどうかを試みる。地球に衝突する天体を想定してのことだ。

 

重量600kgの探査機ダートは2022年の9月に、小惑星Dimorphosに衝突させる。Dimorphosは秒速6.2kmで小惑星Didymosの周りを周回している。この衝突によってDimorphosの速度を秒速0.5mmほど変化させる。そうすることによって、その公転周期を現在の11.9時間から約10分間短縮させることになる。

 

Didymosは直径780mの小惑星であるが、ジョンズ・ホプキンス大学のAndrew Chengによれば、このサイズの小惑星が地球に衝突したと仮定したら、地球は火の海と化し、大陸の半分は荒廃してしまうという。さらに、その後何年ものあいだ地球は寒冷化してしまう可能性がある。直径160mの小惑星Dimorphosでさえ、多大な被害が想定される。TNT爆弾400~600メガトン相当の爆破力をもつという。1908年、シベリアのツングースカに火球が落ちたが、その際には20メガトンほどの破壊力で2,000平方kmの森林が吹き飛ばされた。最新の報告によれば、紀元前1650年頃、ヨルダン渓谷のタル・エル・ハマムにて、ツングースカと同等の爆発があったかもしれないことが示唆されている。

 

 

知られてない小惑星は大量にある。NASAの地球近傍天体観測プロジェクト(Near-Earth Object Observation Programme)は地球軌道周辺の直径140m以上の小惑星を見つけることを目的としている。今のところ、そうした小惑星の半数ほどが確認されている。そのなかで脅威になるものは未だ見つかっていない。だが、もしそうした小惑星が発見された場合、いかなる対処ができるのかが問題となる。

 

もし衝突が迫っているのなら、おそらくやれることはない。だが、もし衝突が何年か後の話であれば、探査機ダートが小惑星Dimorphosに試みようとしているような一突きで、その小惑星の軌道が地球を逸れるように変えられる可能性がある。ほんの少し軌道を変えるだけで、長期的には大きな変化となるからだ。

 

探査機ダートの一突きが小惑星Dimorphosにおよぼす影響は、慎重に精査されるであろう。衝突の状況は、イタリアの小型人工衛星liciaCubeによって記録される。小型人工衛星liciaCubeはイタリア宇宙局によってつくられたもので、探査機ダートとともに打ち上げられ、小惑星と衝突する寸前に分離される。その後、二重小惑星DidymosとDimorphosは、地上の望遠鏡から観測されることになる。そして2024年、欧州宇宙機関(the European Space Agency)は小型機Heraを打ち上げて、2026年に二重小惑星に到達し、さらなる詳細を調査する予定である。そうして収集されるデータによって、小惑星衝突回避ミッションの実現性が研究されることになる。

 

通常であれば、このようなミッションは不要であろう。だが、もし地球に小惑星衝突の危機が迫るようなことがあるのであれば、探査機ダートによる調査は史上最大の意味をもつであろう。

 

 

トルクメニスタンの現実 Oct 2021

 

The Economist, Oct 14th 2021

 

Asia

Political dynasties 2

Not horsing around

 

トルクメニスタンの現実

 

 

アジアでコロナ対策に成功した国は北朝鮮だけではない。ユーラシア大陸の中央、カスピ海東岸のトルクメニスタンもまた、過去2年間、一人の感染者もだしていない(とされている)。同国はグルバングル・ベルディムハメドフ大統領のもと、「権力と幸福の時代」を謳歌している。大統領はレーシングカーをブッ放し、ライフル銃で大物を仕留める。トルクメニスタンの昨年の成長率は6%で、600万の国民は繁栄している。

 

そうした表向きの顔とは裏腹に、現実は酷い状況にある。給金は未払いのままであり、トルクメニスタンの通貨マナトは闇市場で公式レートの7分の1で取引されている。いつもはご機嫌な大統領も、同国の債務が膨らんでいることには不満をつのらせている(正確な数字は公表されていない)。アジア開発銀行によれば、トルクメニスタンの2020年におけるGDP成長率は1.6%にすぎない。エネルギー価格が下落したうえ、中国のガス需要も低下している。トルクメニスタンの輸出の90%がガスであり、その80%は中国向けである。

 

最近の天然ガス価格の高騰により、輸出はいくらか回復している。しかし、中国との契約が固定的であるため、急騰したガス価格の恩恵は受け損なっている。隣国アフガニスタンタリバンに占拠されたことにより、南アジアへ向けたパイプラインの建設も滞っている。外国からの援助もほとんど得られていない。

 

 

トルクメニスタンが豊かな国である、と政府が喧伝しても、国民はこの国の現実を知りすぎている。政府系テレビ局は棚からあふれるほどの商品を放映しているが、実際のところ、朝4-5時から食品店の列に並ばなくてはならない。そう言うのは、トルクメニスタンの人権擁護団体のFarid Tukhbatullinである。国民は誰も不平を口にしない。密告者が近くにいるかもしれないからだ、と彼は言う。

 

政府に疑問をもてば、警備官に取り締まられる。72歳のジャーナリストSoltan Achilovaは、首都アシガバートで今年のはじめ、政府補助の小麦粉と調理油が不足していると公の場で政府を批判した。彼女は人権団体のウェブサイトで「トルクメニスタン年代記」というレポートも書いていたため逮捕された。

 

昨年、Nurgeldi Halykovという若い男が捕まった。オランダを拠点とするニュース局Turkmen.newsに、インスタグラムの写真をシェアしたからだった。その写真は、トルクメニスタンを訪れていた世界保健機関の代表団の注意をひくものであった。トルクメニスタンは自国におけるコロナウイルスの存在を否定している(昨年、イギリス大使館で感染が確認されているのだが)。Turkmen.newsの編集者Ruslan Myatievは「トルクメニスタンは決してドジらない」と顔をしかめる。SNSやニュースサイトはブロックされている。警官らは検閲の網をくぐるソフトウェアがないか、携帯電話を監視している。トルクメニスタンの人々はズームにすらアクセスできない。

 

 

ベルディムハメドフ大統領は2007年の就任以来、こうした力任せの締め付けによって守護者を自認している。しかし、信頼のおける情報がないことで、思わぬ噂が広まったりもする。健康に不安を抱える大統領が2019年から姿を現していないということから、多くのトルクメニスタン人は大統領はすでに死んでいると思っている。

 

今年のはじめ、ベルディムハメドフ大統領は息子である40歳のSerdarを、大統領にのみ釈明義務のある副首相に任命した。2ヶ月後、その息子はトルクメニスタンの乗馬協会の会長になった。トルクメニスタンの産出するアハルテケ馬とアラバイ犬は、大統領の個人崇拝におけて重要な役割を担っている。この夏に公開された写真では、息子Serdarが大統領である父から贈られたサラブレッドにまたがっていた。トルクメニスタン人のあいだでは、代替わりが近いという憶測がとんだ。王位継承はそろそろなのかもしれない。

 

 

パンデミックの終わりにむけて Oct 2021

 

The Economist, Oct 16th 2021

 

Leaders

The coronavirus

Covid-19’s rocky road

 

パンデミックの終わりにむけて

 

 

いかなるパンデミックにも終わりはくる。コロナウイルスも、そうした過程に入ったようだ。しかし、根絶やしにされたわけではない。徐々にスケールダウンしていっているだけである。こうなってくると、コロナウイルスは隆盛と変異を繰り返しながら、なおも高齢者や弱者への脅威でありつづける。それでも、とりあえずの落ち着きによって、もはや過去20ヶ月のようなモンスターぶりは発揮すまい。コロナウイルスは身近にありながらも、対処可能なウイルスになるだろう。たとえばインフルエンザのように。

 

終わりが見えてきたにせよ、いかなる過程を経るのかは依然わからない。慎重に錬られた計画と行き当たりばったりなそれとでは、数百万の命が左右されることになる。これは各国政府にとって最後のチャンスだ。パンデミックの初期で犯したような過ちを繰り返さないための。

 

パンデミックが収まってくるにつれ、週間の感染者数と死亡者数は世界的に減少しはじめている。8月の終わりからはアメリカでも減ってきている。イギリスでは感染者数が唯一増加しているが、ワクチン接種の効果は確実にでている。なぜなら、イギリス人の93%はすでに抗体をもつと考えられ、週に25万人が感染しても、死者数は3ケタではなく2ケタにとどまっている。これこそが終息への過程である。

 

 

どれほどの人々に抗体があるのかは分からない。大まかな推測しかできない。38億人の人々が、少なくとも一回はワクチンを受けている。エコノミスト誌が推計したところによると、パンデミックにおける超過死亡数は1,000~1,900万人、中央値は1,620万人である。致死性の感染症の割合を考えれば、14億~36億人の人々が病気にかかっていたことになり、公式統計の6~15倍となる。

 

免疫をもった人々が増えれば、コロナウイルスの脅威は薄らぐ。しかし、パンデミックを終息にもっていくには、まだ幾つかのやるべきことが残されている。

 

まず、北半球における冬の感染拡大が考えられる。人々が室内にいるときのほうが、感染は広まりやすい。感染者数が病床数を上回るようならば、政府は対策を講じなければならない。次に治療である。モルヌピラビルのような新たな治療薬は、重症化の確率を半分に下げる可能性をもつ。しかしながら、いまだ承認待ちである。そして政策である。マスクの着用、介護施設の保護、クラブやバーなど感染拡大地の封鎖などなど。問題は政府が感染者数の拡大に応じて迅速に対応できるかであろう。

 

 

2つ目の課題はウイルスの突然変異である。遺伝子サンプルによって、デルタ株にとってかわる新種が早期に発見できるかもしれないが、世界にはワクチン接種のなされていない監視の行き届かない場所が存在している。新たな変種には、新たなワクチンが必要になる。新たなワクチンは従来のものを再設計することになるが、新たな承認が必要になり、古い在庫を破棄して作り直さなければならない。うまく立ち回らなければ、2021年に犯した生産品不足の過ちを繰り返すことになるだろう。

 

最大の課題は、免疫をもたない何百万の人々をいかにウイルスから守るのかということだろう。中国の場合、ウイルスの拡散を防ぐために、厳格な隔離や封鎖をおこなうはずだ。その間に、ワクチンの接種をすすめ、薬の在庫を増やすことができる。中国共産党は感染者数の少なさによって、民主国に対する優位性を誇示している。ゼロ感染戦略を保持する理由がここにある。しかしながら、同様の戦略をおこなっているニュージランドでは、完全にウイルスを封じ込めることができていない。この先、中国もどうなるかはわからない。

 

最終的には、誰もが感染かワクチンによって免疫を獲得するだろう。ワクチンの安全性は高い。各国政府はできるかぎり接種をすすめなければならない。データ会社のAirfinityによれば、113億本のワクチンが年末までに製造予定で、2022年6月までには250億本となる。そうなれば、もはや世界中のワクチンが不足することはない(追加接種の進行具合にもよる)。すべてのワクチンの効果が等しいわけではないにせよ、感染してしまうよりはずっとましである。

 

 

ワクチンの供給安定には、輸出業者が卸業者までの輸送を完了していなければならない。追加接種や子供の接種のために在庫をキープするべきではない(子供がコロナウイルスで死ぬ可能性は極めて低い)。来年には供給が安定するとはいえ、いま摂取するべき人々がいるのである。

 

最後の障壁は、ワクチンの接種拒否と医療施設の収容力である。世界保健機関は各国に対して年末までに40%のワクチン接種を求めている。グローバル・ワクチン・サミットは2022年9月までに70%の接種完了を目指している。国が違えば、ワクチンも必要状況も異なる。人口動態やワクチンの承認過程、マラリアや麻疹など他の病気との兼ね合いなどなど。優先順位がはっきりしていないと、失敗につながる恐れがある。

 

やるべきリストは困難なものばかりだ。各国政府はしっかりこなせるだろうか。ようやく最後の障壁にとりつけてはいる。コロナウイルスの影が薄くなると、先進諸国はその関心を失ってしまうかもしれない。しかし、途上国におけるリスクは依然大きく、その人口は多大である。

 

 

南アフリカのアフリカーンス語 Oct 2021

 

The Economist, Oct 16th 2021

 

Middle East & Africa

South Africa’s Afrikaans press

Ja to change

 

南アフリカアフリカーンス語

 

 

そのウェブサイトを一目みれば、南アフリカで最高部数を誇る雑誌Huisgenootが歴史的意義を誤って伝えていることがわかる。10月号で最も読まれた記事は、“Skokoomblik toe bruidegom se rug tydens onthaal breek”と“Vrou se oog per ongeluk met supergom toegeplak”である。これらのタイトルはアフリカーンス語であり、南アフリカでは12%の国民が話す言語である。「結婚式の最中に花婿の背骨が折れるという衝撃の瞬間」、「女性の眼が強力接着剤によって閉じられてしまった」といった内容だ。

 

現在のそれは創刊当初の内容とは、すっかり変わってしまった。ボーア戦争(1899-1902)後、歴史家Herman Giliomeeが「民族意識の確立」と言ったように、多民族であった南アフリカの中から主にオランダ移民の子孫らが、アフリカーナーという民族として結束した。そして1916年にHuisgenoot(Home companion)という雑誌が創刊された。雑誌のなかではアフリカーナーの歴史が英雄的叙事詩として描かれ、アフリカーナー文学が称賛された。そして学校の読解力テストで使われるようなアフリカーンス語が標準化された。

 

アフリカーナー民族主義は1970年代には人種差別へと移行し、文化的な週刊誌の発行部数は減少していった。他の人種差別と同様、南アフリカアパルトヘイトは不快で、偽善的で、偏狭であった。ある政治家が「悪魔の箱」と呼んだテレビは、1976年に国中に紹介された。夢想と派手さに対する抑圧された需要を満たすために。リニューアルされたHuisgenoot誌はそうした欲求を満たした。有名人の特集やパズル、レシピなどによって、アパルトヘイトの影を覆い隠した。それは白人のためのPeople誌のようなものだった。

 

 

「当時、政治をどのように取り扱っていたのかを見るのは苦痛です」と現在の編集者Yvonne Beyersは言う。しかし、それがHuisgenoot誌が当時の世相を写す手法であった。「われわれはまず南アフリカ人であり、アフリカーナーであることは二の次です」。白人の有名人は際立っていたが、レポーターは南アフリカのあらゆる階層の人々の言葉をとりあげた。最近では、テレビドラマのキャラクターにもなった有色人種2人の同性結婚を取り上げた。「20年前だったら、非難轟々だったでしょう」とMs Beyersは言う。「いかにアフリカーナーは多様化したか」を現在の雑誌の内容は物語っている。読者の44%は有色人種(アフリカーンス語を話す人々がほとんど)で、白人読者の42%をわずかに上回っている。

 

編集者はアフリカーンス語の監視者でありつづける。英語の造語や慣用句の翻訳に目を光らせている。アフリカーンス語の格言に「氷山の頂きにいるよりも、カバの耳であれ」というものがある。しかし、100年前と比べるとHuisgenoot誌は言語の多様性に対して寛容になっている。たとえば、南アフリカ固有の表現などを引用するようになった。Ms Beyersは言う、「われわれは現在生きている言語を大切にしているのです。1916年のアフリカーンス語ではなく」と。

 

 

エネルギー不足の今後 Oct 2021

 

The Economist, Oct 16th 2021

 

Leaders

Hydrocarbons

The energy shock

 

エネルギー不足の今後

 

 

来月、世界の指導者たちはCOP26サミットに集う。2050年までに二酸化炭素排出を正味ゼロにする目的だ。しかし、この30年間の取り組みにも関わらず、エネルギー不足の現実が突きつけられている。5月以来、石油、石炭、ガスのバスケット価格は95%も上昇している。サミットの主催国であるイギリスでは、石炭火力発電を再稼働させた。アメリカの石油価格は1ガロン3ドルに達した。中国とインドでは停電が発生している。ヨーロッパでは燃料供給をロシアに頼り切りであることが再確認された。

 

こうした騒動によって、現代社会にはエネルギーが大量に必要であることが思い知らされた。エネルギーがなければ、家庭は凍り、ビジネスは滞る。また、クリーンエナジーへの転換に関して、根深い問題が浮き彫りにされた。たとえば、再生エネルギーや脱化石燃料への不適切な投資、地政学上のリスク、電力市場の脆弱な蓄えなどなど。そうした問題を早急に解決しなければ、エネルギー危機は深刻化し、気候変動に対する政策も揺らいでしまうだろう。

 

エネルギーが不足するなどということは、2020年には考えられなかった。当時のエネルギー需要は戦後最大となる5%の落ち込みを記録しており、エネルギー産業はコストカットを余儀なくされていた。しかし、世界経済が再び活気づくと、需要は急増、備蓄量は危険なまでに低下した。石油在庫は通常レベルの94%、ヨーロッパのガス備蓄は86%、インドと中国の石炭は50%を切っている。

 

 

余裕のないマーケットは危機に脆弱であり、再生可能エネルギーは気候に左右されている。さまざまな混乱が起きている。ヨーロッパでは風力が不足し、ラテンアメリカでは旱魃により水力発電量が低下、アジアは洪水により石炭の輸送に支障をきたしている。世界は深刻なエネルギー不況に陥りそうである。ロシアとOPECが石油を増産すれば問題は解決するかもしれない。それでも、インフレは増進し、成長は鈍化するだろう。

 

3つの問題がある。まず、2050年までにネットゼロを達成するために必要なエネルギーへの投資が、50%程度しか行われていない。再生可能エネルギーへの投資を増加させなければならない。それに呼応して、化石燃料の需要と供給を、過不足の生じない範囲で低下させる必要がある。現在、一次エネルギーの83%を化石燃料が占めているが、いずれはゼロにしなければならない。石炭と石油は、炭素の排出が半分のガスに転換されるべきだ。しかし、法的な脅威と投資家サイドの圧力、規制当局への恐れなどから、化石燃料への投資は2015年以来40%も落ち込んでいる。

 

ガスは重要である。とりわけアジアでは、2020~2030年代におけるエネルギー転換の架け橋となる。一時的にガスへとシフトして、再生可能エネルギーの追い上げを待つ。パイプラインを用いて、液化天然ガスを輸入するのである。しかし、そうしたプロジェクトがほとんどない。調査会社のBernsteinによれば、液化天然ガスは現在、需要に対して2%不足しているが、2030年までには14%の不足になるという。

 

 

2つ目の問題は地政学である。先進民主国が化石燃料の生産をやめれば、プーチン大統領などの独裁国が、良心の呵責なく安い値段で供給をはじめることになる。OPECとロシアによる現在の石油生産は全体の46%であるが、2030年までには50%以上になる見込みである。ロシアはヨーロッパのガスの41%を請け負っているが、ノルドストリーム2パイプラインが開通すれば、その影響力は増大する。アジアの市場にも進出するだろう。供給を奪われるリスクは常に存在する。

 

最後の問題は、エネルギー市場の抱える欠陥である。1990年代からの規制撤廃により、多くの国々で国有のエネルギー産業から、電気とガスの価格が市場によって決定されるオープンマーケットへと移行している。供給業者らは価格を競い、高値のときに供給が増えることになる。しかし、化石燃料不足、独占的な供給者、不安定な自然エネルギーという新たな現実に苦しめられている。リーマン・ブラザーズが翌日物借入に依存していたように、エネルギー業者の中には家庭や企業に対して、不確かなスポット価格で販売するものもある。

 

今回のショックが、変化のスピードを鈍らせてしまう危険がある。今週、中国の首相、李克強はエネルギーの移行は「健全に、急がずに」行わなければならないと言っている(暗に、石炭を長く使えと言っている)。アメリカを含む西欧における世論は、クリーンエネルギーを支持しているが、高値をも覚悟しなければならない。

 

 

政府はエネルギー市場を設計し直す必要がある。より安全で大きな備蓄がなければ、不足時の穴埋めができない。不安定な再生可能エネルギーを補うこともできない。エネルギー供給業者も備蓄を増やすべきだ、銀行が資本をもつのと同様に。政府はバックアップエネルギーの供給契約に企業も参加させたほうがよい。備蓄のほとんどはガスの形だろうが、将来的にはバッテリーや水素の技術に移行するべきだろう。より多くの原子力発電所、または二酸化炭素の回収貯蔵は、信頼のおけるクリーンなベース電源として必須である。

 

供給源の多様化により、ロシアのような独裁的な石油国の力を弱めることができる。現在、LNGがその役割りを担っている。将来的に電力は国際的な取り引きが増えるであろうから、風力や太陽光などに恵まれた国々にも輸出の道は開けるだろう。現在、電力の4%しか国境を越えた取り引きがなされていない。ガスは24%、石油は46%が国境を越えている。海底に電力輸送網を巡らせるのはよいアイディアだ。クリーンエネルギーを水素の形にして輸送船に載せることもできる。

 

以上のことを成すには、エネルギーへの投資が必要であり、それは現在の2倍以上、年間4~5兆ドル(約440~550兆円)にのぼるであろう。投資家の視点に立てば、政策が定まっているとは思えない。多くの国々がネットゼロを標榜しながらも、そこに至る道筋を明示していない。エネルギー価格や税金などが上がるであろうことに対しても、国民の理解は得られていない。再生可能エネルギーに多大な補助金がでていることや、法的規制の障害によって、化石燃料への投資リスクが増大している。お手本のような答えとしては、排出を容赦なく削減させるようなカーボンプライスであること、企業はどういったプロジェクトが利益を生むのかを判断すること、エネルギー転換によって生じる損失を税金でカバーすることなどが挙げられる。しかし、排出ガスの5分の1しかプライシングの対象にされていない。今回のショックから学ばなければならない。COP26に参加するリーダーたちは誓約を守るために、エネルギー移行を潤滑に機能させる緻密な計画に取り組むべきだ。石炭で灯る電球のもとで集うのならば、なおさらだろう。

 

 

イギリスの街灯 Oct 2021

 

The Economist, Oct 9th 2021

 

Britain

Street Lighting

In the gloaming

 

イギリスの街灯

 

 

イギリスは、夜に街灯を灯しはじめた国の一つである。1782年、ドイツの随筆家Karl Philipp Moritzは夜のロンドンがお祭りのように明るいことに驚いている。訪れたドイツの皇太子は彼のために明かりが灯されているものと勘違いした。しかし、イギリスにおける街灯には賛否がある。パリの街灯が権力の象徴(革命においては敵が街灯に吊るされた)であるのに対して、イギリスのそれは住民と企業の義務であることが多い。今日でさえ、地方政府は街路を明るくしておく必要は法的にはない。

 

大都市のほかは、さほど明るくない。ここ10年ほどで、ナトリウムランプからLEDへと切り替えられた。LEDのほうが省エネであるうえ、歩道だけを的確に照らすことができる。しかし、それらが最大の明るさで照らされることは滅多にない。ハンプシャー州では2009年から明るさを25%としており、真夜中でも65%、住宅街では消灯される。ノースヨークシャーでは住宅地の開発に街灯を設置する必要はなくなっている。

 

街灯が減っていることにはいくつかの理由があるが、その一つは夜の美しさを阻害しないためでもある。保守党議員のAndrew Griffithはダークスカイのための議員連盟の議長をつとめている。彼はモロッコで、闇夜の本当の美しさに打たれたという。また、コウモリや蛾のためでもある。さらに、二酸化炭素の排出を削減するためにも節電は必要である。

 

 

しかし何より、節約のためである。電気代の高騰もあり、リンカンシャー郡議会は街灯への出費を過去10年で5分の一、460万ポンド(620万ドル、6億8,000万円)削減している。ロンドンのいくつかの街よりも節約している。リンカンシャー高速道路の責任者Richard Daviesは言う、住民たちの不満は、節約したお金が社会福祉や道路補修に回されていると聞くと小さくなるという。

 

一般的に、気候変動に関心があるのは若者や女性、左派の人々である。しかし、リンカンシャー郡議会の住民に対する調査によると、若い人ほど街灯を消すことに反対しているという。リンカーン大学の女子学生は、街灯を夜じゅう灯してほしいとロビー活動をするほどである。保守的な地方ほど、暗闇を愛する。労働党自由民主党が支配的な都会ほど、その傾向は薄い。サフォーク州のイプスウィッチでは、サラ・エヴァラードさんの殺害事件(3月にロンドンで誘拐された)もあって、夜はずっと街灯を点けておくことになった。

 

地方当局は、街灯を減らしても犯罪は増加しないと言う。おそらく、それは正しい。しかし、ロンドン大学でライトに関する研究をしているJemima Unwinによれば、人々は暗くなると出歩かなくなる(とくに夕方)という。そして、歩行者は直立しているもの(たとえば壁や他の歩行者)が照らされていることで安心感をえるという。LEDのようなスポット的な照明よりも、ナトリウムランプのように広域を照らすライトのほうが効果が高い。

 

現実的にどうなのか。大都市以外の人々が夜中に出かけることはほとんどない。たいていの住民は街灯がついているのか消えているのかも知らない、とイプスウィッチのカウンセラーAlasdair Rossは言う。ノースヨークシャーの電気工学責任者Paul Gilmoreは、郡が街灯を消すようになる前に、現地調査をおこなっている。夜中に歩き回っても、人も車もほとんどなかったという。キツネのために街灯があるようなものだった、と。

 

 

世界の株式市場の歴史 Oct 2021

 

The Economist, Oct 2nd 2021

 

Briefing

The world’s stockmarkets

Who’s up, Who’s down?

 

世界の株式市場の歴史

 

 

イギリスの歴史を見れば、この帝国の株式市場が低迷したことによる損失は避けがたかったように思える。しかし、この数世紀においてイギリスだけが浮き沈みを経験しているわけではない(大衆の人気をとるために株式を売却して資産価値を上昇させようとしたために)。世界の巨大取引所の運命は歴史上、揺れ動いてきた。ここ数十年では、2つの潮流が新たに起きた。アジアにおける株価の上昇と、テクノロジー部門の成長である。他国に比べ、イギリスへの打撃は大きく、下落を一層助長した。それでも、200年からなる株式市場の歴史から見れば、ちょっとした曲折にすぎない。

 

アメリカとヨーロッパの株式市場は19世紀にはいってからはじまった。ラテンアメリカの運河への投資、ロンドンにおける数百社による鉄道建設。歴史的統計をおこなうGlobal Financial DataのBryan Taylorは言う、1850年までにヨーロッパのほとんどの鉄道建設は終わり、イギリスの投資家たちの金はアメリカのそれへと向かった。イギリスの株式市場は、カナダ、インド、南アフリカ、オーストラリア、南アメリカなどの企業をつなぐパイプ役となった。

 

海外ベンチャーの資金集めの拠点はイギリスだけではなかった。20世紀の初頭までに、ロンドン、ニューヨーク、パリ、ベルリンの各所で、数百社の取り引きが同時に行われていた。とりわけアメリカの国内市場の成長は大きかった。アメリカ初の銀行が1791年に法人化されたとき、1,000万ドル(現在価値にして2億9,100万ドル、320億円)を調達した。その後、多数の銀行や保険会社の法人化があいついだ。1911年までの、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツの市場の合計価値は490億ドル(現在価値にして1兆4,000億ドル、154兆円)の高みに達した。一世紀前の175倍もの規模である。

 

 

2つの世界大戦ののち、ヨーロッパ市場は傷つき崩壊し、アメリカに支配的地位を明け渡した。戦争中、株式市場の多くは閉鎖された。取引所が開けたとしても、たび重なる価格制限などにより取り引きは限られたものにならざるをえなかった。通貨の価値は下落し、資本規制が課され、国境を越えた取り引きは煩雑をきわめた。ドイツや東欧の国々はハイパーインフレに陥り、共産主義の台頭もあって、ほとんどの投資家たちは一掃されてしまった。第二次世界大戦がおわって数十年後、各国政府は多くの産業を規制、国有化し、ヨーロッパでは株式資産が厳重な監視下におかれた。

 

アメリカへの挑戦者はアジアから現れた。世界的な回復は遅々としていた。資本と財の流れが第一次大戦以前の状態まで回復するには、1990年代まで待たねばならなかった。決定打となるのはアジアの輸出産業である。とりわけ日本の株式は華やいだ。1960年以前のアジア市場は世界の5%にも及ばなかった。それが1980年代にヨーロッパを凌ぐと、1989年にはアジアが世界市場の半分近くを占めるまでに至った。そのほとんどが日本の資産バブルによるものである。ところが2年後、日本のバブルは弾け、それっきりになってしまった。次にくるのは上海と深センであり、新たな金融大国として中国が台頭してくることになる。

 

現在、中国とアメリカが株式市場における中心である。金融データ提供社Dealogicによれば、2021年のアメリカにおけるIPOは750社であり、総価値は2,420億ドル(約26兆円)であり、中国(香港を含む)は427社、720億ドル(約8兆円)である。フランス、ドイツ、オランダ、イギリスはすべて合わせても450億ドル(約5兆円)にすぎない。

 

 

米中両国が優れているのは、IPOの数や現在価値のみではない。将来の成長が期待できる革新的な企業群がその中に含まれている。アメリカのハイテク5社、グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックマイクロソフト、これらの合計はロンドン株式市場に上場している全1,964社の総計を上回る。

 

テクノロジー企業に頼りすぎることにも弱点はある。アメリカの場合は五指にたるほどの企業が株式の命運をにぎっていることになる。中国ではハイテク企業への取り締まりが幾度となく強化されており、投資家たちは戦々恐々としている。外国の株主にとって中国共産党の動向を読むのは至難の業である。イノベーション企業をもたない国々は、19世紀のイギリスの投資家たちに学ばなければならない。当時、鉄道を敷いていた企業こそが、時代の最先端にいたのである。